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セイコーCEO服部真二の凄さとは? [社長 企業]

安定の企業セイコーウォッチ株式会社。新体制になって一年以上が経過した。




 セイコーウオッチ株式会社は2017年3月23日、スイスで開催された国際時計見本市「バーゼルワールド2017」において、新会長、新社長体制について発表。



これにより2017年4月1日付けで代表取締役社長 兼 CEO 服部真二が代表取締役会長 兼 CEOに就任し、前取締役・専務執行役員 高橋修司が代表取締役社長 兼 COO 兼 CMO(チーフ マーケティング オフィサー)に就任した。




セイコーウオッチ株式会社 服部真二
の凄さとは何か?服部真二とは何者なのか?


代表取締役社長兼CEO
服部 真二
Hattori Shinjiの凄さは自身が言った名言に詰まっている。


「失敗を恐れず、周囲を動かす人に」

セイコーCEO服部は1984年に精工舎(現・セイコークロック/セイコープレシジョン)に入社、2003年にセイコーウオッチ社長に就任。




セイコーウオッチで腕時計の世界に携わっていく前に、服部はとても大事な経験をしたという。


大学を卒業し、9年間を商社で過ごした後、クロックやカメラ部品、プリンターなどを製造するセイコーの製造会社「精工舎」に入社。


服部にも下積み時代があった。
プリンターを担当していたときのこと。
「これからはプリントもカラーの時代になる。カラープリンターを発売しよう!」と考え、開発担当者を叱咤激励しながら、セイコーとしては初めてカラープリンターを発売。

しかし、いざ蓋を開けてみるとほとんど売れなかった。

当時としては時代の先を行き過ぎていたという。

1881年にセイコーを創業した服部の曽祖父、服部金太郎は「常に時代の一歩先を行く」ということを信条としていた。


二歩も三歩も先を行くのではなく、時代のニーズを読みながら、一歩先を行くことが市場には受け入れられる、という教えを実感した失敗だった。



服部真二は言う
「失敗を恐れるばかりに周囲を気にしすぎている雰囲気があるように思います。しかし、失敗を恐れてばかりいては新しいもの、革新的なもの、心に届くものは生まれません。もし失敗をしたとしても「その失敗から何かを学んでいく」というポジティブな姿勢が大切です。

積極的に周囲の人たちとコミュニケーションをとり、一体になりながら、その失敗を乗り越えていく。いざというとき、自分だけが動くのでなく、広く、長期的な視野を持って周囲の人を動かしていける人が新しい価値を生み出していける人だと思います。

と服部真二は語る。


グランドセイコーの機能性は凄まじい。



氏名:服部 真二 (はっとり しんじ)生年月日:1953年趣味:音楽、スポーツ座右の銘:やってみせ 言って聞かせ させてみせ ほめてやらねば 人は動かじ心に残る本:『山本五十六』阿川弘之






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ZOZOTOWN社長前澤友作の波乱万丈な武勇伝とは?性格や今後とは? [社長 企業]

波乱万丈の社長達を紹介するシリーズ。今回はZOZOTOWNの前澤友作だ。

アパレルネット通販の風雲児前澤友作の波乱万丈な武勇伝とは?前澤友作流の成功方法はあるのか?

堀江貴文が日本の実業家はたるんでいるが孫正義、ユニクロの柳井正とZOZOTOWNの前澤友作はたるんでいない!とまで言わしめた男である。

前澤 友作(まえざわ ゆうさく、1975年11月22日 生まれ)はファッション通販サイトZOZOTOWNを運営するスタートトゥデイの創業者であり、代表取締役社長。

また、現代アートの普及活動及びアーティストの活動支援を目的とした公益財団法人 現代芸術振興財団の会長。


前澤友作の波乱万丈な人生とは?
またZOZOTOWN社長前澤友作の武勇伝はあるのか?

何と言っても前澤友作の武勇伝はバンドマンからのしあがったという事。

目立ちたがりのフロントマンであるボーカルやギターではなくリズム隊番長のドラム担当だ。
リズムを刻み最後列からバンドを見渡す事はバンドメンバー及びお客さんの状況を網羅できる。
それこそが前澤友作の経営手腕に生きているのだろうか?

実は前澤友作は競争が苦手という。
そこで
「争わなくてもいいように、いつも人のやってないこと、未開の分野に踏み込んでいくんです」
それこそがZOZOTOWNの成功方法なのかもしれない。

~~~~~~
1993年3月:早稲田実業学校在学中にインディーズバンドSWITCH STYLEを結成し、ドラムを担当。7"EP(95年にCD化)をリリースする

何とソフトなポップロックではなく、ゴリゴリのハードコアバンドだ。 
当時メロコアやハードコアが流行っていたが、メジャーデビューまでできるバンドは少なかった。 

ZOZOTOWN社長前澤はバンドをやりながら1995年に輸入レコード・CDの通販ビジネスを開始する!音楽好きが講じての事業展開だろう。これは音楽の知識が少しはないとできない。




1998年5月:有限会社スタート・トゥデイを設立。同時期にBMG JAPANからメジャーデビューも果たす。

もはやこれこそが前澤友作の武勇伝だろう。





2000年4月:有限会社スタート・トゥデイを株式会社スタートトゥデイに改組
2001年:バンド活動は停止し、経営者としてビジネスに専念し始める


「世界中をカッコよく世界中を笑顔に」
それが企業理念であり、自分たちがカッコいいと思う商品だけを取り扱うアパレルネット通販ZOZOTOWNは日本最大級となった。

彼の会社は9時から15時までが定時になっている。その理由として、社員の余暇を増やすことで人生を楽しく幸せに過ごしてもらいたい、それがおのずと売り上げにつながり、利益が生み出されることを証明したいと考えているのだ。それで結果が出ているのだからZOZOTOWN社員の短時間労働も成功方法の一つかもしれない。

ZOZOTOWNの由来とは想像と創造。
バンド経験者らしい社名の由来である。


前澤友作はワイン好きとして有名であり
自宅や倉庫に数千本のワインを保管しているという。





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波乱万丈の社長達!社長達に学ぶ成功方法とは?社長ならではの武勇伝とは? [社長 企業]

社長や創業者の苦労話やエピソード、経歴は面白い!!
企業したい人は参考になるし、企業とか興味ない人もやる気が出る
開業のコツなどがわかるかもしれない。
現代を生きる全ての人の生き方の一つの指針となる。

波乱万丈の社長や創業者をこれからも追いかけたい。



*波乱万丈の社長ZOZOTOWN前澤友作!社長に学ぶ成功方法とは!?




*メルカリの社長、普通の人がここまで成長できるのか、、驚愕!!

↑あまり注目されてないが、すさまじき成長!


*高橋歩こそ破天荒で波乱万丈!見習うとこもある、、

↑破天荒ゆえの批判もあるが常人離れした行動力は脱帽!

*堀江貴文の苦労とは?そして1986年当時中学2年生でやっていた事が異次元すぎる

↑ビックマウスのイメージはあるが、発想力と知識行動力、兼ね備えている!


*激動のスシロー社長!スシローの苦労と成長とは?

↑激動、激変だが安定した強さは並々ならぬ歴代社長の努力!


* 俺の社長の武勇伝やエピソード、歴性格とは?

凄い挑戦者だ。運命や年齢など関係ない!!と鼓舞させられる!!!



*弁当屋のこだわりと掟が凄い!小さい企業のこだわりたるや!!弁当屋玉子屋の掟が面白い





*ラッパージェイジーは起業家でもあり大成功している!アメリカのラッパーJay Zは実現凄まじい起業家だった!まさに成り上がり!





*かつては隆盛を究めたmixi ミクシィ社長の武勇伝やエピソード、歴代ミクシィ社長の性格とは?

どことなく苦労がない社長が多い気がする、、しかしミクシィは死ぬと言われていた状況からモンストで復活したのは地力があるからかもしれない!

*メディア第三の刺客アメブロ社長の凄さ! アメブロ社長の武勇伝や名言、アメブロ社長の性格とは?

ヒルズ族と呼ばれたが金に執着がないという、、極貧時代がないからか?

*見た目はいかつい!
モンテローザ社長の武勇伝とは?性格とは?

↑モンテローザ創業者大神輝博さんの信念が凄い。思いやりのある忍耐強い人だった!!あの噂は間違いか?



* 鳥貴族社長の苦労とは?息子とは?創業当初は閑古鳥だった!!!

↑鳥貴族社長大倉忠司の苦労話し、エピソード。


* ドン・キホーテ社長の経歴とは?武勇伝はあるのか?

↑ドン・キホーテ社長の苦労話し、エピソードとは

*すしざんまいの木村社長の経歴、特殊能力が凄い

↑すしざんまいの社長が凄まじい!!


* ココイチ創業者宗次徳二の人生が凄まじい!雑草魂は雑草を食べていたから


↑本当の雑草魂!草食系だが超仕事の鬼


* ユニクロ社長の柳井正の経歴が凄い無個性かつ異端児!

↑異端児すぎてあだ名が山川!これは当時の友達がよく寒くないな!!




* イオン創業者の岡田卓也の苦労話と岡田元也二代目の苦悩とは?

↑もはや政界のイメージが強い。


* ピザーラの創業者浅野秀則の半生が凄まじい!!

↑ピザーラ社長のバイタリティが、凄い!!



* ナムコ創業者の中村雅哉さん死去 激動の昭和を生きた

ゲームをエンターテインメントに昇華させた男

* 孫正義の経歴が凄すぎて常人離れ!!こりゃ真似できん!

孫正義の真似はできないが、孫正義の経歴をみると、できる事をもっと本気でやろうと思える!!


* 川口徹という男ドヤ街から成り上がった!

新宿のカラオケ屋の店長から成り上がった男、元々はミュージシャン!!


皆凄いエピソードや経歴の持ち主だ、波乱万丈だ。
各社長は皆良い名言を持っている。企業する人はやはり鋭い。







記事を読んだなら自分を奮い立たせる番だ。
以下はやる気のでる名言をあつめた。波乱万丈の社長だけの名言ではないが、やる気は出る

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波乱万丈の社長といえばこの人だった!Jay-z [社長 企業]

様々な社長の波乱万丈な人生を紹介してきたが、波乱万丈の社長といえばジェイジーだ。

どこどこの社長というイメージは少ないが起業家であり実業家だ。
ラッパーのイメージ優先だが経営者としても優秀なのは一目瞭然だ。

ドラッグディーラーつまり麻薬の売人から最も影響のあるラッパーとして成り上がった

Jay-Zの起業家としての「成功の10代要素」とは



アメリカ生まれのラッパーJay Z

世界の歌姫ビヨンセの夫であり、一児の父親でもある。
本職はラッパーだが、事業家、スポーツ代理人、パフォーマー、映画製作者、作家、ナイトクラブのオーナー、プロスポーツクラブのオーナー、ブロードウェイのプロデューサー、時計デザイナー、美術品コレクター、作曲家などなど非常に多くの顔を持った人物だ。

しかし10代の頃は麻薬の売人をやっていた。
究極の成り上がりであり、絵に描いたようなアメリカンドリームの体現者だ。




Jay-Zは別名でジガなどとよばれる事もある。

NYブルックリン出身のラッパーとしてだけではなく、ロッカフェラ・レコードの創業者、デフ・ジャム・レコードの元CEOとしても知られている、音楽以外にも様々なビジネスを手がけている。


HIP HOPの9大要素に起業精神があるのが頷ける、いかにHIP HOPにおいてセルフプロデュースが大事かということだ。

Jay Zが成功した10大要素とは?


1.チャンスは自分で作る
2.ハスラーになる
3使えるリソースは全部使う
4.自分のビジネスが自分のブランドだと
理解している
5.トレンドを気にしない
6.良いメンターを捜す
7.スキルセットの多様化
8.否定されることに慣れろ
9 .金の行き先を知る
10.派手に成功する気がないなら諦めろ










まずジェイジーは

■チャンスは自分で作った

ドラッグディーラーとして資金を稼いだ彼は、ラップを始めた当時、ジェイジーの音楽に対して契約してくれるレーベルはなかった。
そこで彼は友人であるDamon Dash(デイモン・ダッシュ)とKareem Burke(カリーム・バーク)の協力を得て、“Roc-A-Fella Records(ロッカ・フェラ・レコード)”を立ち上げた。



■ハスラーになる
ハスラーとは「ドラッグディーラー」という意味もあるが。

「どのような状況/題材でも金を稼げる」人のことを言う。

「ラッパーになると決意したとき、アートをつくるというより、「ハッスル」をするという気持ちが一番のモチベーションだった。だが、金を稼ぎ成功するためには、アーティストとしても成長する必要があった。」とジェイジーは語る。


■使えるリソースは全部使う

つまり「使えるものは全力で使う」という姿勢だ。

まだJay Zが自主レーベルをはじめた頃は充分なプロモーションができなかった。

そこでジェイジーはドラッグディーラーや街の若者を雇いプロモーション用のポスターやチラシをそこらじゅうに貼りまくり、さらにはそこで直接シングルを購入できるようにした。

これこそがHIP HOPがストリートミュージックと言われる所以だ。



■自分のビジネスが自分のブランドだと理解している


Jay Zはブランドは、俺の延長線的存在なんだ。それは単に最高経営責任者になるということとは違う。

俺がそのとき感じているあらゆる事柄に対して誠意を持っている必要がある。それをアウトプットしたものにみんながついて来てくれる。

と語る。




■トレンドを気にするな


どの起業家もなぜその特定の商材を開始したのかを自分で理解する必要がある
自分自身がどうしたいのか?それを見つめることにより、後悔のない選択ができるのだ。





■よきメンターを捜す


どんなに偉大な人でも、一人で全てを達成することは不可能だということは当たり前だ。

「Jay-Zはメンターから学べることをすべて学び、そして必要がなくなれば関係を絶ち、また新たな指導者の元へ学びにいくような人間」
と言われている。
ジェイジーのメンターは友人でロッカフェラを共に設立したデーモンダッシュとラッパーのJaz-O(ジャズ・オー)といわれている。

ジェイジーは柔らかい頭を持っている、知識が豊富であるか?よりメンターから吸収することが成功への近道と知ってるいるのだ。



■スキルセットの多様化

スキルセットをの多様化とは?
自分が手がけた「作品/ビジネス」を増やすということ。

それはジェイジーの成功の要因でもある。

ジガにとっては作品とはラップだけではない、様々なビジネスやプロデュースをする事でビジネスの成功を遂げている。

多種多様な方法と方向で自らのビジネスやブランドを作り変えている



■拒否されることに慣れろ

人間は失敗が怖いのでまず否定から入る場合が多い。

Jay Zは自分のレーベルを作る前に多くのレーベルに拒否されてきた。



普通のメンタルの人間ならば諦めたり、時期を改めたりするが、Jay Zは拒否されると、それ以上のものを自分で作る人間だ。

アパレルのメーカーから微妙な契約を提示されたときは、自分でアパレルブランドを作り何十倍もの評価額を叩き出した。



■ 金の行き先を知れ

多種多様なビジネスを展開している人間は
、どのビジネスが成功しているか?どのビジネスが足を引っ張っているか理解しているか?見極める必要がある。

Jay Zは人々のお金がどのようなものに消費されているのか、自分がどのような行動をとれば自分も消費者も幸せになれるのかを常に考察している。



■派手に成功する気がないなら諦めろ

ジガはドラッグディーラーからラッパーになる時にレーベルと契約しようとしたが達成することは難しかった。


その時に思ったのが、レーベル契約を諦めるか、自分で派手に成功して見返すかの二択しかなかった!という。

この「派手に」というワードが重要だ。

派手に成功するような気持ちでないと、自分で上限を決めているようにも捉えられる。もしジェイジーが少しの成功しかしなかったら、契約しなかったレーベルは「やはり、契約しなくても良かった」と思ってしまうからだ。

ジェイジーは常に全力で「ハッスル」しているそれは今も変わらない。




ヒップホップにおいてレーベルと契約がなくても成功に繋がる自主レーベルがいかに重要かわかる。


インターネット時代にはアーティスト自身がビジネスマンとして、上記のようなことを心がけるのが大切だ。


実業家としても良いメンターの良い部分を吸収し悪い部分は切り捨てること、ないものは作り出す精神。派手な話題を作るなどは参考になる。



★★関連記事★★
*社長達の武勇伝エピソードが面白い!開業のコツとなる!バイタリティの強い人の苦労話しは力になる








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Facebookで話題の玉子屋社長菅原勇一郎の武勇伝とは? [社長 企業]

小さい企業かもしれないが安定性抜群であり、何よりも働いていてやりがいがあるのが一番の仕事だ。

それこそまさに仕事=志事ではないか?

全国的に知名度は低いかもしれないが450円弁当で絶好調の弁当屋がある。
京浜東北線・東海道線を使う人なら蒲田~大森間で黄色く目立つ建物を見たことがあるはずだ、それが玉子屋東京23区や神奈川の川崎市や横浜市に配達をする仕出し弁当屋だ。


『玉子屋』2代目社長・菅原勇一郎さんの敏腕が話題だ。

二代目となるとイメージとしてはボンボンだが、ほとんどの二代目社長はそのイメージを払拭する努力をして実力がある。
もちろん卵やの二代目社長菅原勇一郎さんもその一人。

・入社後に着手したのは「メニュー改革」
・ドライバーはお客様が求めるニーズを聞き出すことも仕事
・社是に書いていないことはどんどんやっていい

話題になっているの玉子屋の社是(しゃぜ)だ。
これをやらなければ成功する12の事とは?

玉子屋の社是は「事業に失敗するコツ」が書かれているという。

普通の会社は、結社の経営上の方針・主張が書かれた社是。
普通は成功するコツがかかれているのだが、玉子屋の社是は反対。

「ここに書いてある内容をやると失敗する」というものだ。

≪玉子屋の社是≫
1.旧来の方法が一番良いと信じていること
2. もちはもち屋だとうぬぼれていること
3. 暇がないといって本を読まぬこと
4. どうにかなると考えていること
5. 稼ぐに追いつく貧乏なしとむやみやたらと骨を折ること
6. 良いものは黙っていても売れると安心していること
7. 高い給料は出せないといって人を安くつかうこと
8. 支払いは延ばす方が得だとなるべく支払わぬ工夫をすること
9. 機械は高いといって人を使うこと
10. お客はわがまますぎると考えること
11.商売人は人情は禁物だと考えること
12.そんなことはできないと改善せぬこと

社是に書いてある12の失敗するコツの逆をやれば成功する。
失敗する12のコツは逆をすれば成功する12のコツとなるのだ。

つまり
1.旧来の方法が一番良いと信じないでつねに模索する
2. もちはもち屋だとうぬぼれずに新しい考えを取り入れる
3. 暇がなくても本を読む
4. どうにかなると考えずに「どうにかする行動を起こす」
5. 稼ぐに追いつく貧乏なしとむやみやたらと骨を折らずに腐らずにコツコツと生きる
6. 良いものは黙っていても売れると安心していることは危険
7. 高い給料は出せないといって人を安くつかうことは危険、人は宝
8. 支払いは延ばす方が得だとなるべく支払わぬ工夫をすることは愚か
9. 機械は高いといって人を使うこと、機械を導入して成功した企業は多い
10. お客はわがまますぎると考えることは危険、お客はわがままではなく素直である
11.商売人は人情は禁物だと考えることはよくない。人情あっての商売だ
12.そんなことはできないと改善せぬことはダメ、何でもやってみる挑戦をつづける


玉子屋の社長の経歴やエピソード、武勇伝や苦労話しとは?


紆余曲折あっての2代目就任した菅原勇一郎



玉子屋社長菅原勇一郎さんは
プロ野球選手になりたいと思い、大学でも野球をしていたという経歴の持ち主。立教大学の選手として、六大学野球の試合で神宮球場に来ていた時、当時ヤクルトスワローズだった池山選手や広沢選手のバッティングを目の当たりにして、自分のレベルではプロではできないと思ったという。



そこで社長になることを決意。


しかし、実家の玉子屋はその選択肢にはなく、自分で起業して将来的に社長になると決めたという。





まず銀行へ就職。良い会社とは何か自分なりに答えが出たという。

良い会社とは規模の大小ではなく、健全経営をしつつも、そこで働く従業員が喜んで、なおかつお客様が満足する会社。

そして次は流通マーケティングの小さな会社へ就職
「お金を稼ぐことの大変さ」を学んだという。
その時の昼食は毎日「玉子屋」のお弁当。

マーケティング業に精を出す側ら「今日のお弁当は美味しい、今日はイマイチ。もっとこうできるんじゃないか?」という気持ちが徐々に芽生えていった。
そんなある時、先代の社長から玉子屋の決算書をみせてもらった。そこからさらに、玉子屋改革への気持ちを一層強めた。

そして玉子屋に入社して
入社してすぐに当時社長であった先代は「俺よりもすごい息子が戻ってきた。すごい優秀だから俺以上に言うことを聞け!」と社員に紹介。


父親が社長でいるけれど、菅原はいずれ社長になるわけだから、温故知新で父親の良い部分と僕のやろうと思っている改革をやるので、ついてきてほしいと言ってスタートした。。

しかし、“血の繋がりだけで入ってきて”、と絶対思われていたという。


そこで菅原勇一郎は驚きの行動に出る。

何と一人ひとり、毎晩飲みに行って、数ヶ月かけて話を聞いて、自分のやりたいことを話したという。

二代目ならではの苦労話しでありエピソードである。


そんな苦労もあり2年経ったある日の飲み会で「(菅原勇一郎)常務について行きます!」とようやく言ってもらえたという。


玉子屋に入社して改革へ着手した菅原社長が考えたこととは。


☆女性が光り輝く時代になることを予測していたので、女性が喜ぶメニュー構成へ。

パスタは当時、ミートソースとナポリタンくらいがお弁当の定番で、町工場や工事現場で食べる男性向けのものが主流だった。オフィスで働く女性が食べたくなるメニューをということでパスタの種類を豊富にしたという。

☆玉子屋のドライバーは営業マン
流通マーケティングの会社で玉子屋のお弁当をお客として食べていた菅原社長。

その配達には4人のドライバーがいたが、4人のうち2人は「この人が配達しているのなら食べたい!」、もう2人は「この人が配達しているのなら、お弁当食べたくない!」と思ったのだ。


お弁当を運ぶ人の中で一番良い配送員ではなくて、物流に携わるすべてのドライバーの中で一番になるようにドライバー教育、社員教育をしようと考えました。

まず「笑顔」「挨拶」「礼儀」「身だしなみ」を注意したが、すぐには良くならなかった。加えて大事なのは「お客様とのコミュニケーション」。

行った先でお客様が何を求めているのかというニーズをしっかりと引きだして帰ってくるのも玉子屋のドライバーの仕事なのである。



玉子屋の凄さは1日6万食を配達、しかし廃棄率は0.1%!!


玉子屋のメニューは日替わりで1種類のみ。当日注文・当日配送で6万食の注文を受けると、複数のメニューを作るのは大変だからだ。
1種類だと大量に多く作れて、例えば衣の薄いコロッケなどプライベートブランドの開発も可能になるのだという。



玉子屋は、電話・FAX・インターネットで当日に注文を受付け、12時までに配送する。食品ロスを出さないために少し少なめに材料を仕入れ、9時半までにその数を作り終える。10時までに追加注文が入ってきているのであれば、あと何千食というのを予測。

必要な材料は15分以内に届くシステムになっており、短時間での大量生産を後押しする。そこから1分間で最大360個盛り付けできる従業員が11時過ぎまでに3000個のお弁当を完成させ、12時までに配達。そこまでやっても配達料込みで税込450円、廃棄率は脅威の0.1%を実現している。




玉子屋の社是は「事業に失敗するコツ」
会社・結社の経営上の方針・主張が書かれた社是。普通は成功するコツがかかれているのだが、玉子屋のそれはその反対。「ここに書いてある内容をやると失敗する」というものだ。



玉子屋の社是は先代が作ったのものかと思いきや菅原勇一郎二代目社長が作ったものだ。
正確にいうと会社を継いだときに友人から“お前の考えにピッタリのものがあった”とFAXで送られてきたという。

これは150年以上前、富山県のお寿司屋さんが作ったのではないかと言われている代物。

ここに書いてある内容をやると失敗するが、ここに書いていないことはお客様目線では何をやってもいいということではないかと菅原社長は捉えた。



150年も前の社是が今話題を呼び、驚異の0.1%の廃棄率の美味しいと評判の仕出し弁当屋。

時代と共に進化を続けるメニュー、営業マンの役割も担うドライバー、日替わり1種類のメニュー。
このまま首都圏で活躍を続けるか?
全国区になるか?それはわからないが
事業に失敗するコツを社是にした大胆な玉子屋二代目社是菅原勇一郎の武勇伝ともいえる。


1日に6万食廃棄率0.1%と言う驚異の結果を出している。


菅原勇一郎の経歴は貧困からのしあがったり失敗を繰り返した社長とは違うが150年前の寿司屋の社是を採用し成功する武勇伝があった。



これからの玉子屋にも注目したい。






★★関連記事★★
*社長達の武勇伝エピソードが面白い!開業のコツとなる!バイタリティの強い人の苦労話しは力になる



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セイコーCEO服部真二の凄さとは? [社長 企業]

安定の企業セイコーウォッチ株式会社。新体制になって一年以上が経過した。




 セイコーウオッチ株式会社は2017年3月23日、スイスで開催された国際時計見本市「バーゼルワールド2017」において、新会長、新社長体制について発表。



これにより2017年4月1日付けで代表取締役社長 兼 CEO 服部真二が代表取締役会長 兼 CEOに就任し、前取締役・専務執行役員 高橋修司が代表取締役社長 兼 COO 兼 CMO(チーフ マーケティング オフィサー)に就任した。




セイコーウオッチ株式会社 服部真二
の凄さとは何か?服部真二とは何者なのか?


代表取締役社長兼CEO
服部 真二
Hattori Shinjiの凄さは自身が言った名言に詰まっている。


「失敗を恐れず、周囲を動かす人に」

セイコーCEO服部は1984年に精工舎(現・セイコークロック/セイコープレシジョン)に入社、2003年にセイコーウオッチ社長に就任。




セイコーウオッチで腕時計の世界に携わっていく前に、服部はとても大事な経験をしたという。


大学を卒業し、9年間を商社で過ごした後、クロックやカメラ部品、プリンターなどを製造するセイコーの製造会社「精工舎」に入社。


服部にも下積み時代があった。
プリンターを担当していたときのこと。
「これからはプリントもカラーの時代になる。カラープリンターを発売しよう!」と考え、開発担当者を叱咤激励しながら、セイコーとしては初めてカラープリンターを発売。

しかし、いざ蓋を開けてみるとほとんど売れなかった。

当時としては時代の先を行き過ぎていたという。

1881年にセイコーを創業した服部の曽祖父、服部金太郎は「常に時代の一歩先を行く」ということを信条としていた。


二歩も三歩も先を行くのではなく、時代のニーズを読みながら、一歩先を行くことが市場には受け入れられる、という教えを実感した失敗だった。



服部真二は言う
「失敗を恐れるばかりに周囲を気にしすぎている雰囲気があるように思います。しかし、失敗を恐れてばかりいては新しいもの、革新的なもの、心に届くものは生まれません。もし失敗をしたとしても「その失敗から何かを学んでいく」というポジティブな姿勢が大切です。

積極的に周囲の人たちとコミュニケーションをとり、一体になりながら、その失敗を乗り越えていく。いざというとき、自分だけが動くのでなく、広く、長期的な視野を持って周囲の人を動かしていける人が新しい価値を生み出していける人だと思います。

と服部真二は語る。


グランドセイコーの機能性は凄まじい。



氏名:服部 真二 (はっとり しんじ)生年月日:1953年趣味:音楽、スポーツ座右の銘:やってみせ 言って聞かせ させてみせ ほめてやらねば 人は動かじ心に残る本:『山本五十六』阿川弘之






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ZOZOTOWN社長前澤友作の波乱万丈な武勇伝とは?性格や今後とは? [社長 企業]

波乱万丈の社長達を紹介するシリーズ。今回はZOZOTOWNの前澤友作だ。

アパレルネット通販の風雲児前澤友作の波乱万丈な武勇伝とは?前澤友作流の成功方法はあるのか?

堀江貴文が日本の実業家はたるんでいるが孫正義、ユニクロの柳井正とZOZOTOWNの前澤友作はたるんでいない!とまで言わしめた男である。

前澤 友作(まえざわ ゆうさく、1975年11月22日 生まれ)はファッション通販サイトZOZOTOWNを運営するスタートトゥデイの創業者であり、代表取締役社長。

また、現代アートの普及活動及びアーティストの活動支援を目的とした公益財団法人 現代芸術振興財団の会長。


前澤友作の波乱万丈な人生とは?
またZOZOTOWN社長前澤友作の武勇伝はあるのか?

何と言っても前澤友作の武勇伝はバンドマンからのしあがったという事。

目立ちたがりのフロントマンであるボーカルやギターではなくリズム隊番長のドラム担当だ。
リズムを刻み最後列からバンドを見渡す事はバンドメンバー及びお客さんの状況を網羅できる。
それこそが前澤友作の経営手腕に生きているのだろうか?

実は前澤友作は競争が苦手という。
そこで
「争わなくてもいいように、いつも人のやってないこと、未開の分野に踏み込んでいくんです」
それこそがZOZOTOWNの成功方法なのかもしれない。

~~~~~~
1993年3月:早稲田実業学校在学中にインディーズバンドSWITCH STYLEを結成し、ドラムを担当。7"EP(95年にCD化)をリリースする

何とソフトなポップロックではなく、ゴリゴリのハードコアバンドだ。 
当時メロコアやハードコアが流行っていたが、メジャーデビューまでできるバンドは少なかった。 

ZOZOTOWN社長前澤はバンドをやりながら1995年に輸入レコード・CDの通販ビジネスを開始する!音楽好きが講じての事業展開だろう。これは音楽の知識が少しはないとできない。




1998年5月:有限会社スタート・トゥデイを設立。同時期にBMG JAPANからメジャーデビューも果たす。

もはやこれこそが前澤友作の武勇伝だろう。





2000年4月:有限会社スタート・トゥデイを株式会社スタートトゥデイに改組
2001年:バンド活動は停止し、経営者としてビジネスに専念し始める


「世界中をカッコよく世界中を笑顔に」
それが企業理念であり、自分たちがカッコいいと思う商品だけを取り扱うアパレルネット通販ZOZOTOWNは日本最大級となった。

彼の会社は9時から15時までが定時になっている。その理由として、社員の余暇を増やすことで人生を楽しく幸せに過ごしてもらいたい、それがおのずと売り上げにつながり、利益が生み出されることを証明したいと考えているのだ。それで結果が出ているのだからZOZOTOWN社員の短時間労働も成功方法の一つかもしれない。

ZOZOTOWNの由来とは想像と創造。
バンド経験者らしい社名の由来である。


前澤友作はワイン好きとして有名であり
自宅や倉庫に数千本のワインを保管しているという。





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波乱万丈の社長達!社長達に学ぶ成功方法とは?社長ならではの武勇伝とは? [社長 企業]

社長や創業者の苦労話やエピソード、経歴は面白い!!
企業したい人は参考になるし、企業とか興味ない人もやる気が出る
開業のコツなどがわかるかもしれない。
現代を生きる全ての人の生き方の一つの指針となる。

波乱万丈の社長や創業者をこれからも追いかけたい。



*波乱万丈の社長ZOZOTOWN前澤友作!社長に学ぶ成功方法とは!?




*メルカリの社長、普通の人がここまで成長できるのか、、驚愕!!

↑あまり注目されてないが、すさまじき成長!


*高橋歩こそ破天荒で波乱万丈!見習うとこもある、、

↑破天荒ゆえの批判もあるが常人離れした行動力は脱帽!

*堀江貴文の苦労とは?そして1986年当時中学2年生でやっていた事が異次元すぎる

↑ビックマウスのイメージはあるが、発想力と知識行動力、兼ね備えている!


*激動のスシロー社長!スシローの苦労と成長とは?

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* 俺の社長の武勇伝やエピソード、歴性格とは?

凄い挑戦者だ。運命や年齢など関係ない!!と鼓舞させられる!!!



*弁当屋のこだわりと掟が凄い!小さい企業のこだわりたるや!!弁当屋玉子屋の掟が面白い





*ラッパージェイジーは起業家でもあり大成功している!アメリカのラッパーJay Zは実現凄まじい起業家だった!まさに成り上がり!





*かつては隆盛を究めたmixi ミクシィ社長の武勇伝やエピソード、歴代ミクシィ社長の性格とは?

どことなく苦労がない社長が多い気がする、、しかしミクシィは死ぬと言われていた状況からモンストで復活したのは地力があるからかもしれない!

*メディア第三の刺客アメブロ社長の凄さ! アメブロ社長の武勇伝や名言、アメブロ社長の性格とは?

ヒルズ族と呼ばれたが金に執着がないという、、極貧時代がないからか?

*見た目はいかつい!
モンテローザ社長の武勇伝とは?性格とは?

↑モンテローザ創業者大神輝博さんの信念が凄い。思いやりのある忍耐強い人だった!!あの噂は間違いか?



* 鳥貴族社長の苦労とは?息子とは?創業当初は閑古鳥だった!!!

↑鳥貴族社長大倉忠司の苦労話し、エピソード。


* ドン・キホーテ社長の経歴とは?武勇伝はあるのか?

↑ドン・キホーテ社長の苦労話し、エピソードとは

*すしざんまいの木村社長の経歴、特殊能力が凄い

↑すしざんまいの社長が凄まじい!!


* ココイチ創業者宗次徳二の人生が凄まじい!雑草魂は雑草を食べていたから


↑本当の雑草魂!草食系だが超仕事の鬼


* ユニクロ社長の柳井正の経歴が凄い無個性かつ異端児!

↑異端児すぎてあだ名が山川!これは当時の友達がよく寒くないな!!




* イオン創業者の岡田卓也の苦労話と岡田元也二代目の苦悩とは?

↑もはや政界のイメージが強い。


* ピザーラの創業者浅野秀則の半生が凄まじい!!

↑ピザーラ社長のバイタリティが、凄い!!



* ナムコ創業者の中村雅哉さん死去 激動の昭和を生きた

ゲームをエンターテインメントに昇華させた男

* 孫正義の経歴が凄すぎて常人離れ!!こりゃ真似できん!

孫正義の真似はできないが、孫正義の経歴をみると、できる事をもっと本気でやろうと思える!!


* 川口徹という男ドヤ街から成り上がった!

新宿のカラオケ屋の店長から成り上がった男、元々はミュージシャン!!


皆凄いエピソードや経歴の持ち主だ、波乱万丈だ。
各社長は皆良い名言を持っている。企業する人はやはり鋭い。







記事を読んだなら自分を奮い立たせる番だ。
以下はやる気のでる名言をあつめた。波乱万丈の社長だけの名言ではないが、やる気は出る

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波乱万丈の社長といえばこの人だった!Jay-z [社長 企業]

様々な社長の波乱万丈な人生を紹介してきたが、波乱万丈の社長といえばジェイジーだ。

どこどこの社長というイメージは少ないが起業家であり実業家だ。
ラッパーのイメージ優先だが経営者としても優秀なのは一目瞭然だ。

ドラッグディーラーつまり麻薬の売人から最も影響のあるラッパーとして成り上がった

Jay-Zの起業家としての「成功の10代要素」とは



アメリカ生まれのラッパーJay Z

世界の歌姫ビヨンセの夫であり、一児の父親でもある。
本職はラッパーだが、事業家、スポーツ代理人、パフォーマー、映画製作者、作家、ナイトクラブのオーナー、プロスポーツクラブのオーナー、ブロードウェイのプロデューサー、時計デザイナー、美術品コレクター、作曲家などなど非常に多くの顔を持った人物だ。

しかし10代の頃は麻薬の売人をやっていた。
究極の成り上がりであり、絵に描いたようなアメリカンドリームの体現者だ。




Jay-Zは別名でジガなどとよばれる事もある。

NYブルックリン出身のラッパーとしてだけではなく、ロッカフェラ・レコードの創業者、デフ・ジャム・レコードの元CEOとしても知られている、音楽以外にも様々なビジネスを手がけている。


HIP HOPの9大要素に起業精神があるのが頷ける、いかにHIP HOPにおいてセルフプロデュースが大事かということだ。

Jay Zが成功した10大要素とは?


1.チャンスは自分で作る
2.ハスラーになる
3使えるリソースは全部使う
4.自分のビジネスが自分のブランドだと
理解している
5.トレンドを気にしない
6.良いメンターを捜す
7.スキルセットの多様化
8.否定されることに慣れろ
9 .金の行き先を知る
10.派手に成功する気がないなら諦めろ










まずジェイジーは

■チャンスは自分で作った

ドラッグディーラーとして資金を稼いだ彼は、ラップを始めた当時、ジェイジーの音楽に対して契約してくれるレーベルはなかった。
そこで彼は友人であるDamon Dash(デイモン・ダッシュ)とKareem Burke(カリーム・バーク)の協力を得て、“Roc-A-Fella Records(ロッカ・フェラ・レコード)”を立ち上げた。



■ハスラーになる
ハスラーとは「ドラッグディーラー」という意味もあるが。

「どのような状況/題材でも金を稼げる」人のことを言う。

「ラッパーになると決意したとき、アートをつくるというより、「ハッスル」をするという気持ちが一番のモチベーションだった。だが、金を稼ぎ成功するためには、アーティストとしても成長する必要があった。」とジェイジーは語る。


■使えるリソースは全部使う

つまり「使えるものは全力で使う」という姿勢だ。

まだJay Zが自主レーベルをはじめた頃は充分なプロモーションができなかった。

そこでジェイジーはドラッグディーラーや街の若者を雇いプロモーション用のポスターやチラシをそこらじゅうに貼りまくり、さらにはそこで直接シングルを購入できるようにした。

これこそがHIP HOPがストリートミュージックと言われる所以だ。



■自分のビジネスが自分のブランドだと理解している


Jay Zはブランドは、俺の延長線的存在なんだ。それは単に最高経営責任者になるということとは違う。

俺がそのとき感じているあらゆる事柄に対して誠意を持っている必要がある。それをアウトプットしたものにみんながついて来てくれる。

と語る。




■トレンドを気にするな


どの起業家もなぜその特定の商材を開始したのかを自分で理解する必要がある
自分自身がどうしたいのか?それを見つめることにより、後悔のない選択ができるのだ。





■よきメンターを捜す


どんなに偉大な人でも、一人で全てを達成することは不可能だということは当たり前だ。

「Jay-Zはメンターから学べることをすべて学び、そして必要がなくなれば関係を絶ち、また新たな指導者の元へ学びにいくような人間」
と言われている。
ジェイジーのメンターは友人でロッカフェラを共に設立したデーモンダッシュとラッパーのJaz-O(ジャズ・オー)といわれている。

ジェイジーは柔らかい頭を持っている、知識が豊富であるか?よりメンターから吸収することが成功への近道と知ってるいるのだ。



■スキルセットの多様化

スキルセットをの多様化とは?
自分が手がけた「作品/ビジネス」を増やすということ。

それはジェイジーの成功の要因でもある。

ジガにとっては作品とはラップだけではない、様々なビジネスやプロデュースをする事でビジネスの成功を遂げている。

多種多様な方法と方向で自らのビジネスやブランドを作り変えている



■拒否されることに慣れろ

人間は失敗が怖いのでまず否定から入る場合が多い。

Jay Zは自分のレーベルを作る前に多くのレーベルに拒否されてきた。



普通のメンタルの人間ならば諦めたり、時期を改めたりするが、Jay Zは拒否されると、それ以上のものを自分で作る人間だ。

アパレルのメーカーから微妙な契約を提示されたときは、自分でアパレルブランドを作り何十倍もの評価額を叩き出した。



■ 金の行き先を知れ

多種多様なビジネスを展開している人間は
、どのビジネスが成功しているか?どのビジネスが足を引っ張っているか理解しているか?見極める必要がある。

Jay Zは人々のお金がどのようなものに消費されているのか、自分がどのような行動をとれば自分も消費者も幸せになれるのかを常に考察している。



■派手に成功する気がないなら諦めろ

ジガはドラッグディーラーからラッパーになる時にレーベルと契約しようとしたが達成することは難しかった。


その時に思ったのが、レーベル契約を諦めるか、自分で派手に成功して見返すかの二択しかなかった!という。

この「派手に」というワードが重要だ。

派手に成功するような気持ちでないと、自分で上限を決めているようにも捉えられる。もしジェイジーが少しの成功しかしなかったら、契約しなかったレーベルは「やはり、契約しなくても良かった」と思ってしまうからだ。

ジェイジーは常に全力で「ハッスル」しているそれは今も変わらない。




ヒップホップにおいてレーベルと契約がなくても成功に繋がる自主レーベルがいかに重要かわかる。


インターネット時代にはアーティスト自身がビジネスマンとして、上記のようなことを心がけるのが大切だ。


実業家としても良いメンターの良い部分を吸収し悪い部分は切り捨てること、ないものは作り出す精神。派手な話題を作るなどは参考になる。



★★関連記事★★
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Facebookで話題の玉子屋社長菅原勇一郎の武勇伝とは? [社長 企業]

小さい企業かもしれないが安定性抜群であり、何よりも働いていてやりがいがあるのが一番の仕事だ。

それこそまさに仕事=志事ではないか?

全国的に知名度は低いかもしれないが450円弁当で絶好調の弁当屋がある。
京浜東北線・東海道線を使う人なら蒲田~大森間で黄色く目立つ建物を見たことがあるはずだ、それが玉子屋東京23区や神奈川の川崎市や横浜市に配達をする仕出し弁当屋だ。


『玉子屋』2代目社長・菅原勇一郎さんの敏腕が話題だ。

二代目となるとイメージとしてはボンボンだが、ほとんどの二代目社長はそのイメージを払拭する努力をして実力がある。
もちろん卵やの二代目社長菅原勇一郎さんもその一人。

・入社後に着手したのは「メニュー改革」
・ドライバーはお客様が求めるニーズを聞き出すことも仕事
・社是に書いていないことはどんどんやっていい

話題になっているの玉子屋の社是(しゃぜ)だ。
これをやらなければ成功する12の事とは?

玉子屋の社是は「事業に失敗するコツ」が書かれているという。

普通の会社は、結社の経営上の方針・主張が書かれた社是。
普通は成功するコツがかかれているのだが、玉子屋の社是は反対。

「ここに書いてある内容をやると失敗する」というものだ。

≪玉子屋の社是≫
1.旧来の方法が一番良いと信じていること
2. もちはもち屋だとうぬぼれていること
3. 暇がないといって本を読まぬこと
4. どうにかなると考えていること
5. 稼ぐに追いつく貧乏なしとむやみやたらと骨を折ること
6. 良いものは黙っていても売れると安心していること
7. 高い給料は出せないといって人を安くつかうこと
8. 支払いは延ばす方が得だとなるべく支払わぬ工夫をすること
9. 機械は高いといって人を使うこと
10. お客はわがまますぎると考えること
11.商売人は人情は禁物だと考えること
12.そんなことはできないと改善せぬこと

社是に書いてある12の失敗するコツの逆をやれば成功する。
失敗する12のコツは逆をすれば成功する12のコツとなるのだ。

つまり
1.旧来の方法が一番良いと信じないでつねに模索する
2. もちはもち屋だとうぬぼれずに新しい考えを取り入れる
3. 暇がなくても本を読む
4. どうにかなると考えずに「どうにかする行動を起こす」
5. 稼ぐに追いつく貧乏なしとむやみやたらと骨を折らずに腐らずにコツコツと生きる
6. 良いものは黙っていても売れると安心していることは危険
7. 高い給料は出せないといって人を安くつかうことは危険、人は宝
8. 支払いは延ばす方が得だとなるべく支払わぬ工夫をすることは愚か
9. 機械は高いといって人を使うこと、機械を導入して成功した企業は多い
10. お客はわがまますぎると考えることは危険、お客はわがままではなく素直である
11.商売人は人情は禁物だと考えることはよくない。人情あっての商売だ
12.そんなことはできないと改善せぬことはダメ、何でもやってみる挑戦をつづける


玉子屋の社長の経歴やエピソード、武勇伝や苦労話しとは?


紆余曲折あっての2代目就任した菅原勇一郎



玉子屋社長菅原勇一郎さんは
プロ野球選手になりたいと思い、大学でも野球をしていたという経歴の持ち主。立教大学の選手として、六大学野球の試合で神宮球場に来ていた時、当時ヤクルトスワローズだった池山選手や広沢選手のバッティングを目の当たりにして、自分のレベルではプロではできないと思ったという。



そこで社長になることを決意。


しかし、実家の玉子屋はその選択肢にはなく、自分で起業して将来的に社長になると決めたという。





まず銀行へ就職。良い会社とは何か自分なりに答えが出たという。

良い会社とは規模の大小ではなく、健全経営をしつつも、そこで働く従業員が喜んで、なおかつお客様が満足する会社。

そして次は流通マーケティングの小さな会社へ就職
「お金を稼ぐことの大変さ」を学んだという。
その時の昼食は毎日「玉子屋」のお弁当。

マーケティング業に精を出す側ら「今日のお弁当は美味しい、今日はイマイチ。もっとこうできるんじゃないか?」という気持ちが徐々に芽生えていった。
そんなある時、先代の社長から玉子屋の決算書をみせてもらった。そこからさらに、玉子屋改革への気持ちを一層強めた。

そして玉子屋に入社して
入社してすぐに当時社長であった先代は「俺よりもすごい息子が戻ってきた。すごい優秀だから俺以上に言うことを聞け!」と社員に紹介。


父親が社長でいるけれど、菅原はいずれ社長になるわけだから、温故知新で父親の良い部分と僕のやろうと思っている改革をやるので、ついてきてほしいと言ってスタートした。。

しかし、“血の繋がりだけで入ってきて”、と絶対思われていたという。


そこで菅原勇一郎は驚きの行動に出る。

何と一人ひとり、毎晩飲みに行って、数ヶ月かけて話を聞いて、自分のやりたいことを話したという。

二代目ならではの苦労話しでありエピソードである。


そんな苦労もあり2年経ったある日の飲み会で「(菅原勇一郎)常務について行きます!」とようやく言ってもらえたという。


玉子屋に入社して改革へ着手した菅原社長が考えたこととは。


☆女性が光り輝く時代になることを予測していたので、女性が喜ぶメニュー構成へ。

パスタは当時、ミートソースとナポリタンくらいがお弁当の定番で、町工場や工事現場で食べる男性向けのものが主流だった。オフィスで働く女性が食べたくなるメニューをということでパスタの種類を豊富にしたという。

☆玉子屋のドライバーは営業マン
流通マーケティングの会社で玉子屋のお弁当をお客として食べていた菅原社長。

その配達には4人のドライバーがいたが、4人のうち2人は「この人が配達しているのなら食べたい!」、もう2人は「この人が配達しているのなら、お弁当食べたくない!」と思ったのだ。


お弁当を運ぶ人の中で一番良い配送員ではなくて、物流に携わるすべてのドライバーの中で一番になるようにドライバー教育、社員教育をしようと考えました。

まず「笑顔」「挨拶」「礼儀」「身だしなみ」を注意したが、すぐには良くならなかった。加えて大事なのは「お客様とのコミュニケーション」。

行った先でお客様が何を求めているのかというニーズをしっかりと引きだして帰ってくるのも玉子屋のドライバーの仕事なのである。



玉子屋の凄さは1日6万食を配達、しかし廃棄率は0.1%!!


玉子屋のメニューは日替わりで1種類のみ。当日注文・当日配送で6万食の注文を受けると、複数のメニューを作るのは大変だからだ。
1種類だと大量に多く作れて、例えば衣の薄いコロッケなどプライベートブランドの開発も可能になるのだという。



玉子屋は、電話・FAX・インターネットで当日に注文を受付け、12時までに配送する。食品ロスを出さないために少し少なめに材料を仕入れ、9時半までにその数を作り終える。10時までに追加注文が入ってきているのであれば、あと何千食というのを予測。

必要な材料は15分以内に届くシステムになっており、短時間での大量生産を後押しする。そこから1分間で最大360個盛り付けできる従業員が11時過ぎまでに3000個のお弁当を完成させ、12時までに配達。そこまでやっても配達料込みで税込450円、廃棄率は脅威の0.1%を実現している。




玉子屋の社是は「事業に失敗するコツ」
会社・結社の経営上の方針・主張が書かれた社是。普通は成功するコツがかかれているのだが、玉子屋のそれはその反対。「ここに書いてある内容をやると失敗する」というものだ。



玉子屋の社是は先代が作ったのものかと思いきや菅原勇一郎二代目社長が作ったものだ。
正確にいうと会社を継いだときに友人から“お前の考えにピッタリのものがあった”とFAXで送られてきたという。

これは150年以上前、富山県のお寿司屋さんが作ったのではないかと言われている代物。

ここに書いてある内容をやると失敗するが、ここに書いていないことはお客様目線では何をやってもいいということではないかと菅原社長は捉えた。



150年も前の社是が今話題を呼び、驚異の0.1%の廃棄率の美味しいと評判の仕出し弁当屋。

時代と共に進化を続けるメニュー、営業マンの役割も担うドライバー、日替わり1種類のメニュー。
このまま首都圏で活躍を続けるか?
全国区になるか?それはわからないが
事業に失敗するコツを社是にした大胆な玉子屋二代目社是菅原勇一郎の武勇伝ともいえる。


1日に6万食廃棄率0.1%と言う驚異の結果を出している。


菅原勇一郎の経歴は貧困からのしあがったり失敗を繰り返した社長とは違うが150年前の寿司屋の社是を採用し成功する武勇伝があった。



これからの玉子屋にも注目したい。






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