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マイナーともいえるプロレス団体から鷹木信悟という選手が卒業!それが話題に!! [スポーツ]

ドラゴンゲートの鷹木信悟(35)が7日、福岡・博多スターレーン大会で同団体を卒業した。


熱心なプロレスファンじゃないと鷹木信悟を知らない人が多いはずだ。

なぜ一般的にはマイナーともいえるプロレス団体の一選手の卒業が話題なのか?


鷹木信悟はドラゴンゲート所属ラストマッチで永遠のライバル、B×Bハルクとシングル戦で激突。


MADE IN JAPAN(変型ドライバー)2連発からパンピングボンバー(首折り弾)を放つなど、持ち前のパワフルなファイトを展開した。しかし、ハルクの蹴りを連続して浴びると、最後はファーストフラッシュ(変型トラースキック)に沈み最後の同期対決に敗北した。

プロレスにはカチンコと違う魅力がある、例え筋書きがあっても、それを感じさせないプロレスラーの日々の努力や経験、生きざまが感じられるからだ。


鷹木信悟も多くのファンがいる。

プロレスといえば新日本プロレス、NOA、全日本プロレス、などが有名でスポーツ好きな人なら知っているはずだ。





みちのくプロレス、大日本プロレス、FMVなどもコアなプロレスファンじゃなくても知っている。

ドラゴンゲートもそこそこ有名だ。
だから鷹木信悟の卒業が話題となったのだろう。


 試合後のリング上では所属選手が終結し卒業式が行われた。

互いに「嫌い」と公言しながらも、ハルクからは「鷹木信悟がいたから俺は成長できた。今までやってこれた。そこだけは感謝してる。ありがとう」と惜別の言葉を送られた。



 この日を最後にフリーに転身する鷹木は「引退じゃねえからな。俺はなんとかプロレス30年やりたいんだ。ちょうど15年目。まだまだいくぞ」と宣言。「ここで生まれて育った龍の魂は、これからずっと背負っていこうと思ってる。退団しても何も変わらない。これからも我が道をまい進するのみだ。14年間、本当に本当にありがとう!」と別れを告げた。

鷹木信悟がどんな活躍をするか期待したい。
ドラゴンゲートといえば小柄な選手が多いが、鷹木信悟は178センチ 96キロとプロレスラーとしては大柄ではないが、他団体とやりあえる実力はある。





ドラゴンゲートの所属選手の大半が前身の闘龍門JAPANの母体になったプロレスラー養成学校「闘龍門」の出身で、各所属選手にキャラクター付けがなされており数年は前座で下積みを行なう既存のプロレス団体とは違ってデビューからギミックが確立されている。



体格も身長160cmから170cm台、体重70kgから80kg台と従来のジュニアヘビー級選手よりもさらに1回り小柄な選手がほとんどで従来の超人的なプロレスラー像とはかけ離れた等身大のプロレスラー像を掲げている。

メキシコスタイルのプロレス「ルチャリブレ」のスタイルだ。


鷹木信悟は本物の強さを求めてドラゴンゲートを卒業したのか?





鷹木 信悟(たかぎ しんご、1982年11月21日 - )は、日本のプロレスラー。ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポンのメンバー。



ニックネーム
The Dragon
我道驀進



1982年11月21日(35歳)

山梨県中巨摩郡旧田富町生まれ






マイナーともいえるドラゴンゲートから卒業する

鷹木信悟は期待できるということだろう。
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マイナーともいえるプロレス団体から鷹木信悟という選手が卒業!それが話題に!! [スポーツ]

ドラゴンゲートの鷹木信悟(35)が7日、福岡・博多スターレーン大会で同団体を卒業した。


熱心なプロレスファンじゃないと鷹木信悟を知らない人が多いはずだ。

なぜ一般的にはマイナーともいえるプロレス団体の一選手の卒業が話題なのか?


鷹木信悟はドラゴンゲート所属ラストマッチで永遠のライバル、B×Bハルクとシングル戦で激突。


MADE IN JAPAN(変型ドライバー)2連発からパンピングボンバー(首折り弾)を放つなど、持ち前のパワフルなファイトを展開した。しかし、ハルクの蹴りを連続して浴びると、最後はファーストフラッシュ(変型トラースキック)に沈み最後の同期対決に敗北した。

プロレスにはカチンコと違う魅力がある、例え筋書きがあっても、それを感じさせないプロレスラーの日々の努力や経験、生きざまが感じられるからだ。


鷹木信悟も多くのファンがいる。

プロレスといえば新日本プロレス、NOA、全日本プロレス、などが有名でスポーツ好きな人なら知っているはずだ。





みちのくプロレス、大日本プロレス、FMVなどもコアなプロレスファンじゃなくても知っている。

ドラゴンゲートもそこそこ有名だ。
だから鷹木信悟の卒業が話題となったのだろう。


 試合後のリング上では所属選手が終結し卒業式が行われた。

互いに「嫌い」と公言しながらも、ハルクからは「鷹木信悟がいたから俺は成長できた。今までやってこれた。そこだけは感謝してる。ありがとう」と惜別の言葉を送られた。



 この日を最後にフリーに転身する鷹木は「引退じゃねえからな。俺はなんとかプロレス30年やりたいんだ。ちょうど15年目。まだまだいくぞ」と宣言。「ここで生まれて育った龍の魂は、これからずっと背負っていこうと思ってる。退団しても何も変わらない。これからも我が道をまい進するのみだ。14年間、本当に本当にありがとう!」と別れを告げた。

鷹木信悟がどんな活躍をするか期待したい。
ドラゴンゲートといえば小柄な選手が多いが、鷹木信悟は178センチ 96キロとプロレスラーとしては大柄ではないが、他団体とやりあえる実力はある。





ドラゴンゲートの所属選手の大半が前身の闘龍門JAPANの母体になったプロレスラー養成学校「闘龍門」の出身で、各所属選手にキャラクター付けがなされており数年は前座で下積みを行なう既存のプロレス団体とは違ってデビューからギミックが確立されている。



体格も身長160cmから170cm台、体重70kgから80kg台と従来のジュニアヘビー級選手よりもさらに1回り小柄な選手がほとんどで従来の超人的なプロレスラー像とはかけ離れた等身大のプロレスラー像を掲げている。

メキシコスタイルのプロレス「ルチャリブレ」のスタイルだ。


鷹木信悟は本物の強さを求めてドラゴンゲートを卒業したのか?





鷹木 信悟(たかぎ しんご、1982年11月21日 - )は、日本のプロレスラー。ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポンのメンバー。



ニックネーム
The Dragon
我道驀進



1982年11月21日(35歳)

山梨県中巨摩郡旧田富町生まれ






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鷹木信悟は期待できるということだろう。
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