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森田童子さん今年の春に亡くなっていた、、本人は引退していたが平成米不足の93年に大ヒット [芸能人]

大ヒットドラマ「高校教師」の主題歌を歌った森田童子さんが死去していた、、

平成大不況、平成米不足、援助交際、、などの時代に大ヒットした曲「ぼくたちの失敗」を作り出したシンガーソングライターだ。
しかし、大ヒットした時には本人は既に引退していたという。

1976年(昭51)年に「ぼくたちの失敗」がヒットするなど、1970年代にシンガー・ソングライターとして活躍し、1983年(昭58)に引退した森田童子さん(もりた・どうじ=本名不明)が、4月24日に亡くなっていたことが11日、分かった。65歳だった。日本音楽著作権協会(JASRAC)の会報に、訃報が掲載された。死因は明らかにされていないが心不全との噂もある。

ここまで謎に包まれたシンガーも珍しい。大ヒットしたら欲が出て活動再開をしそうなものだが、マスコミからのインタビューさえもシャットアウトしていたという。


 森田さんは、1975年(昭50)に「さよなら ぼくの ともだち」でデビュー。

若さとむなしさが充満する歌詞と、語り掛けるような歌声が特徴で「孤立無援の唄」や「男のくせに泣いてくれた」などヒット曲を出した。

しかしネットもない時代でもあり全国的にはほぼ無名であった森田童子、ライブハウスを中心に活動を展開し、若者に支持されたが、83年に東京・新宿ロフトでの公演後、活動を休止した。

明確な引退宣言はなかったが、引退後は主婦として暮らし、表舞台には出なかった。




1993年(平5)に「ぼくたちの失敗」がTBSドラマ「高校教師」の主題歌となり再ブームを呼んだ。

1993年といえば平成米騒動と呼ばれた米不足が社会問題となった年でもある。冷夏の影響と言われている。タイ米やアメリカ米が輸入されるほどの騒ぎとなった。
森田童子の「ぼくたちの失敗」はそんな時代背景にもあっていたのかもしれない。



春の木漏れ日の中で君の優しさに溺れていた僕は弱虫だったんだよね、、

心に突き刺さるような歌声と歌詞。
どこか懐かしいフレーズは大ヒットの要因だろう。
当時から考えても古い言葉が随所に出てきた、例えば

地下のジャズ喫茶 
ストーブ代わりの電熱器

などだ。当時はあまり深く考えていなかったが、昭和に生まれた歌だったからだ。





2016年には、最新技術でリマスターされたアルバム全集や全曲集の楽譜も出版されるなど、再び脚光を浴びていた。

わずか7年で引退した森田童子さんはサングラスをとる事もなく、素顔は公にされていない。私生活も全くの謎だった。
徹底的なアーティストだったのだろう。

それが曲だけでも長年愛されていたのだから歌のパワーは凄まじい。



心よりご冥福を、お祈りします。





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森田童子さん今年の春に亡くなっていた、、本人は引退していたが平成米不足の93年に大ヒット [芸能人]

大ヒットドラマ「高校教師」の主題歌を歌った森田童子さんが死去していた、、

平成大不況、平成米不足、援助交際、、などの時代に大ヒットした曲「ぼくたちの失敗」を作り出したシンガーソングライターだ。
しかし、大ヒットした時には本人は既に引退していたという。

1976年(昭51)年に「ぼくたちの失敗」がヒットするなど、1970年代にシンガー・ソングライターとして活躍し、1983年(昭58)に引退した森田童子さん(もりた・どうじ=本名不明)が、4月24日に亡くなっていたことが11日、分かった。65歳だった。日本音楽著作権協会(JASRAC)の会報に、訃報が掲載された。死因は明らかにされていないが心不全との噂もある。

ここまで謎に包まれたシンガーも珍しい。大ヒットしたら欲が出て活動再開をしそうなものだが、マスコミからのインタビューさえもシャットアウトしていたという。


 森田さんは、1975年(昭50)に「さよなら ぼくの ともだち」でデビュー。

若さとむなしさが充満する歌詞と、語り掛けるような歌声が特徴で「孤立無援の唄」や「男のくせに泣いてくれた」などヒット曲を出した。

しかしネットもない時代でもあり全国的にはほぼ無名であった森田童子、ライブハウスを中心に活動を展開し、若者に支持されたが、83年に東京・新宿ロフトでの公演後、活動を休止した。

明確な引退宣言はなかったが、引退後は主婦として暮らし、表舞台には出なかった。




1993年(平5)に「ぼくたちの失敗」がTBSドラマ「高校教師」の主題歌となり再ブームを呼んだ。

1993年といえば平成米騒動と呼ばれた米不足が社会問題となった年でもある。冷夏の影響と言われている。タイ米やアメリカ米が輸入されるほどの騒ぎとなった。
森田童子の「ぼくたちの失敗」はそんな時代背景にもあっていたのかもしれない。



春の木漏れ日の中で君の優しさに溺れていた僕は弱虫だったんだよね、、

心に突き刺さるような歌声と歌詞。
どこか懐かしいフレーズは大ヒットの要因だろう。
当時から考えても古い言葉が随所に出てきた、例えば

地下のジャズ喫茶 
ストーブ代わりの電熱器

などだ。当時はあまり深く考えていなかったが、昭和に生まれた歌だったからだ。





2016年には、最新技術でリマスターされたアルバム全集や全曲集の楽譜も出版されるなど、再び脚光を浴びていた。

わずか7年で引退した森田童子さんはサングラスをとる事もなく、素顔は公にされていない。私生活も全くの謎だった。
徹底的なアーティストだったのだろう。

それが曲だけでも長年愛されていたのだから歌のパワーは凄まじい。



心よりご冥福を、お祈りします。





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