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エンダム対村田諒太 海外の反応。世界からの評価とは? [スポーツ]

村田諒太が念願のチャンピオンに!!

疑惑の判定を乗り越えての直接再戦で念願の世界王座奪取!竹原慎二以来2人目のミドル級世界王者に輝いた!!

TKO勝利者した村田諒太は泣いた、会見では紳士的な言葉とユーモアあふれるコメントで絶賛の嵐だった。

「村田諒太カッケー!!見た目もいいし強いのに紳士的でユーモアもある!」
「村田諒太さんのファンになりました」
「真のスーパースターだ」
「彼の人柄が周りの良い人を引き寄せた」
「善戦したエンダムも紳士的だった」
「二人に最大の敬意を称えたい」
「村田諒太は本物のサムライだ」
「エンダムとは友人です!と言ったのは泣けてきた」
「コメントが一言一言丁寧で心に刺さる」
など村田諒太のファンは急増!!


まさに村田諒太は気は優しくて力持ちタイプ!前回の疑惑の判定でも潔く負けを認めて文句一つ言わなかった。

その姿を知らなかった人も今回の再戦で経緯を知る事になり、その謙虚な姿勢も賛美された。

今回のエンダム対村田諒太 海外の反応はどうだったのか?

村田諒太は世界からはどう思われているのか?


・村田にとって素晴らしい勝利だ。
前回も明らかにエンダムに勝っていた。


・エンダムのチームが止めたことに驚いた。
彼は圧倒されていたから、理由は分かる。
どんどん悪くなる一方だった。
ただもう少し戦わせると思った。


・良い決定だった。
エンダムには何も残されていなかった。
続けていたら、彼の脳がダメージを受けるだけだった。


・ESPNは放送時間内に村田戦を終わらせることが出来てラッキーだったな。(笑)


・エンダムってどれくらい強かったわけ?
多くの良いボクサーは、村田相手にもっと苦戦していたと思う。


・エンダムは今までKOされたことがないことを考えると、村田は凄いな。


・村田は良くやったよ。
どのラウンドも村田が獲っていた。


・竹原慎二に続いて、村田は日本人2人目のミドル級王者になった。





・村田はレミューとサンダース相手にどれくらいやれると思う?


・↑彼はトップ5のミドル級ボクサーには敗れると思う。
トップ5にはGGG、ジェイコブス、アウバレス、レミュー、サンダースが含まれる。


・↑村田はディフェンスをよくおろそかにする。
ハードパンチャーはそこにつけ入るだろうね。


・来年、村田vsジャーモール・チャーロを是非頼む。


・レミューvs村田。
どちらが勝つと思う?理由は?


・↑レミューだね。
村田はレミューを相手に出来るほどのディフェンス力がない。


・村田は怪物だ!素晴らしい!



などが今回のエンダム対村田諒太 海外の反応だ。
村田諒太 世界からの評価は悪くない。




しかし日本での反応も世界のミドル級トップクラスには通用しない!と厳しい意見もコメントされており、その点は海外も同じようなコメントもあった。


村田諒太は
世界トップクラスの選手とやったら負ける
というコメントが日本でも海外でも相次いだ。


ちなみに竹原慎二は村田諒太の試合後の体温計について「自分の評価をあげるためだろう」と冷めたコメント。
竹原慎二らしい反応だ。

村田諒太の海外の反応も良いし
村田諒太の世界の評価も高い

もちろん日本での評価は最大にあがってるが

竹原慎二はどこふく風のコメントであった。
初代王者のユーモアもなかなかのものだった。(ユーモアじゃないけど)






以下は詳細↓

 プロボクシング・WBA世界ミドル級タイトルマッチ(22日、東京・両国国技館)挑戦者で同級1位の村田諒太(31)=帝拳=が、王者のアッサン・エンダム(33)=フランス=に7回終了TKO勝ち。5月20日に東京・有明コロシアムで行われた王座決定戦では、攻勢だったにもかかわらず1-2で判定負けし採点が物議を醸したが、再戦でリベンジ。念願の世界王者に輝いた。


左右に動き回るエンダムに対し、前へ出る圧力を前回以上に強くした。序盤は右ストレートにこだわらず、左ボディーを中心に攻めた。エンダムのスタミナを奪う、理想的な展開だった。

 不可解な採点による判定で敗戦を喫した5月の王座決定戦の反省から、相手にポイントを与えない“失点防止”を徹底。確実にポイントを稼ぎながらダウンを奪う、文句なしの内容で完全決着を目指した。

 約2年前から元WBA世界スーパーフライ級王者の飯田覚士氏(48)の指導を受け、自ら専用トレーニング器具を購入。目の前を動く物体の動きを追い続ける動体視力、立体的な遠近感をつかむ立体視能力などの向上や視野の拡張に励んだ。スピードを生かした豊富な手数、サイドステップで角度をつけたパンチを武器にするエンダム対策としても、総合的な視力のアップは十分に機能した。

 汚名返上のためWBAは、今回は厳選したレフェリー、ジャッジを派遣してきた。レフェリーはケニー・ベイレス氏(米国)。2015年5月のメイウェザー-パッキャオ戦などを裁いた実績を持つ。ジャッジではラウル・カイズ・ジュニア氏(同)は前回の対戦で唯一、村田の勝ちと採点したラウル・カイズ・シニア氏の息子。ロバート・ホイル氏(同)は15年10月の河野公平-亀田興毅戦で勝った河野を支持。いずれも公正中立な人物だった。

 2012年ロンドン五輪金メダリストが異例のダイレクトリマッチ(他選手との試合を挟まない再戦)で、因縁に終止符を打った。村田が日本選手初の五輪メダリストのプロ世界王者となり、1995年の竹原慎二以来、2人目のミドル級世界王者に君臨した。





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伊達公子にか勝ったクルニッチが可愛いくて清々しい!と話題! [スポーツ]

アレクサンドラ・クルニッチ 
が話題だ!


伊達公子の引退試合の相手だったのだが、クルニッチのコメントが素晴らしく見た目も可愛いからだ!!

クルニッチにやぶれて{元クルムっち}も本望かもしれない。

puffer.jpg

クルニッチは今後注目される選手となるだろう!!



アレクサンドラ・クルニッチ
ALEKSANDRA KRUNIC



ランキングはWTAシングルス
67位だ。

国籍はセルビアで出身地はロシア・モスクワ。
居住地はセルビア・ベオグラードだ。


生年月日は1993年3月15日

年齢は24歳

身長 / 体重
163cm / 53kg


プロ転向年2008年
 

ロシア・モスクワ生まれで、地元と言えばモスクワという意識があるらしいが、祖父母とともにセルビアに在住している。テニスを始めたのは3歳のときで、好きなショットはドロップショット。

心理学と犯罪学に興味があると公言しているあたりがユニークだ。2014年の全米オープンでは予選からの出場で本戦入りを果たし、2回戦でキーズ、3回戦でクビトバを破って4回戦に進出。


アザレンカともフルセットの激戦を戦って注目された。高い俊敏性を生かした堅守速攻タイプの選手で、攻守のメリハリがよく、ベースラインからの強打の精度を確保できているときの彼女はかなりの強さを見せる。


今シーズン勝敗 7勝10敗

今シーズン戦績

出場試合数 10
ツアー優勝回数 0 勝数 7
ツアー準優勝回数 0 負数 10


グランドスラム戦績
ツアー優勝回数 0 勝数
2
ツアー準優勝回数 0 負数 1

戦績を見るとあまり強くないクルニッチ。
だが伊達公子との試合では強かった!





最後の対戦相手になったクルニッチは試合後、伊達に対しての思いを話した。

 クルニッチは「今日の試合ですが、みなさんどれだけ大切な試合か知っていたと思います、私にとっても大切な試合でした。選手はいつかこういうとき(引退)が来るのです。とても感情的になった試合でした」と振り返った。

 続けて「試合の(伊達の)対戦相手が、私でなければ良かったのにと思いました。なんで私なのというのが正直な気持ちです」と胸中を吐露。一方で「でも、非常にいい経験をしました。伊達選手は、素晴らしいキャリアですし、とてもおもしろいキャリアを持った方。その引退劇の一部に自分が関われたことは光栄です。悲しいことは悲しいですが、光栄であることには間違いありません」と気持ちを述べた。クルニッチのスピーチ中には、伊達が笑顔を見せる場面もあった。

 最後に「私がきょう(試合に)勝ってしまってごめんなさい。私はプロなので、仕方がなかったんです。もしかしたらこの後ロッカールームで泣いてしまうかもしれません」と口にした。


このようなコメントから伊達公子を本当に尊敬しているのがわかる!

伊達公子はクルニッチの憧れの選手だったのかもしれない、、

一方
46歳・伊達公子は涙の引退スピーチ「とうとう終わってしまいました」と、、


 ジャパン女子オープン第2日(12日、東京有明テニスの森公園)元世界ランキング4位で46歳の伊達公子(エステティックTBC)が現役最後の大会のシングルス1回戦で、世界ランキング67位のアレクサンドラ・クルニッチ(24)=セルビア=と初対戦。0-6、0-6で敗れ、現役生活を終えた。試合後、引退セレモニーが行われ、多くの仲間やファン、関係者が見守る中で思いを明かした。

 伊達は「みなさん、きょうは朝から雨が降っていつから試合が始まるか不安の中、駆けつけていただき、ありがとうございました」と笑顔で感謝の言葉。

 続けて「とうとう終わってしまいました。やっぱりさみしい気持ちの方が強いかなと思います。試合は、本当にきょうは100%にほど遠いプレーになることは自分の中で分かっていたのですが、本当の勝負の場に立つことができるチャンスを与えていただいて、対戦相手の彼女(クルニッチ)もフルでファイトしてくれたことも、テニスプレーヤーとしてうれしく感じました。自分なりには、とにかく1ポイントでも多く、自分らしいプレーができるようにと、最後まで思ってコートに立ち続けました」と、現役最後となった試合を振り返った。

 「こうなると、テニスの難しさというのをすごく痛感しますし、1ポイントの重み、1ゲームの重みというものを本当に強く、大きく感じた試合になったと思います。しかし、これが勝負でありプロテニスプレーヤーのタフさ、厳しさということにつながるということを強く感じました。90年代のファーストキャリア、12年のブランクを経てカムバックし、2度のキャリアを長い時間プレーできたことを本当にうれしく思います。多くの方に支えていただき、最初から最後まで応援してくれたスポンサーのみなさんにも感謝の言葉を伝えたいと思います」と語った。

 さらに「私自身、昨年の4月に膝の軟骨移植の手術を受けました。残念ながら膝は元気なんですけれども、肩がどうしても二重苦になってしまうと、膝の不安もゼロではないので、不安を抱えながら、サーブを打ったあとに膝の不安に切り替えてとなると…。練習の中では楽しくできるんですけど、きょうの試合のように、どっちにボールが飛んでくるかとなると、なかなか思うようなプレーができなくなってきてしまったことに、決断をしなければならないと至りました。皆様の前で、こうやってコートにプレーヤーとして立つのは最後となりますが、一度目の引退のときのように、テニスはもう十分、ラケットも握りたくないという日はないと思うので、会場にも足を運んでみなさまと一緒に見続けていきたいです」と心境を明かした。

 終始、笑みを浮かべていた伊達だったが、自身の引退セレモニーにかけつけた現役、引退選手たちに声をかける場面では感極まり、涙を浮かべる場面も。最後は「みんなありがとう」と再び笑顔を見せた。

 伊達は「私自身、テニスプレーヤーである以上、最後まで勝負にこだわって、負けることはすごく大嫌いでしたし、コートに立つとみんなが『伊達公子は怖い』という印象が強かったんですけど、勝負にこだわるが故だったのでお許しください」と話し、再度関係者へのお礼を述べた。最後に「テニスファンのみなさん、これから日本のテニス、WTAのテニスも応援していただければと思います」とスピーチを締めた。




伊達公子さん長きに渡り日本女子テニスを盛り上げてくれてありがとうございました。本当にお疲れ様でした。



そして
クルニッチの今後を見守りたい。




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バレーボールの谷村考さん死亡、、 [スポーツ]

 男子バレーボール元日本代表の谷村孝(たにむら・こう)さんが2017年9月3日、死去した。35歳だった。死因は心筋梗塞という。

 現役時代に所属していた「Vリーグ」のパナソニック・パンサーズの広報担当者などによれば、死因は心筋梗塞という。突然の訃報に、インターネット上では「信じられない」「早すぎます」といった驚きや悲しみの声が広がっている。


筑穂中学1年よりバレーボールを始めた谷村考さん。

中央大学在学中の2004年に全日本代表に初選出、同年ワールドリーグに出場した。2005年にパナソニック・パンサーズに入団した。

2015年2月21日の対堺ブレイザーズ戦に出場し、通算出場試合数が230試合となり、Vリーグ栄誉賞の受賞資格を得た。

2016年引退。

去年引退して第二の人生を始めたばかりだったのに、無念なのはご本人とご家族だろう。。



 福岡県出身。中央大学を卒業後、2005年にパンサーズに入団。本職のウィングスパイカーだけでなく、高い守備力を買われリベロのポジションも務めた。2016年の現役引退まで11シーズンにわたり活躍し、4度のリーグ優勝に貢献した。2004年、2008年には全日本代表チームにも選ばれている。

 谷村さんを高校時代に指導し、6日に行われた葬儀では弔辞を読んだという母校・福岡大附属大濠高校男子バレー部顧問の大賀俊信さん(55)は7日のJ-CASTニュースの取材に、

  「病気で入院していた訳でもなく、本当に突然の訃報でした。自宅で突然、倒れたと聞いています。ただただ驚いていますし、本当に残念です」

と話した。

 今回の訃報を受け、ツイッターには谷村さんの現役時代を知るファンを中心に、

  「早すぎます。悲しいです。心よりご冥福をお祈りいたします」
  「いぶし銀のプレーとキャプテンシーは忘れられません ご冥福をお祈りします」
  「オールラウンダーで、代表でもチームでも頼れる素晴しい選手でした」
  「コートの外でも中でも、いつも皆んなに声かけして、そして、コートをよく駆け回ってましたね まだまだ信じられない」

といった追悼の声が数多く出ている。

 また、谷村さんとパンサーズで7年間チームメートだった、男子バレー日本代表の清水邦広選手(31)は5日のツイッターで、

  「偉大な先輩が35歳という若さで永眠しました。パナソニックでも代表でも栄光を築き上げた偉大な先輩。一緒に旅行したり飲んでバカやって笑ったり辛いときも一緒に乗り越えてきた。優しい先輩でもあって仲間だったし家族だった」

とコメント。その上で、「こんなに悲しい事はないです。ご冥福をお祈りいたします」とツイートを結んでいる。








スポーツ選手だったらば不摂生や運動不足で不健康ということはないだろう、、
それなのに突然死はやってくる。

持病もなく不健康でもない屈強なスポーツマンまで突然死をしてしまう可能性があるのだ。


どうやって気を付ければよいのか?


、、対策のしようがない。


こればかりは運命なのだろうか、、

心よりご冥福をお祈りします。






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ショック!!錦織圭今期欠場!世界ランクダウンが気になる!!!年収も減るか? [スポーツ]

錦織圭欠場で世界ランクはどうなる?
錦織圭の欠場で年収はどうなる?去年の〈2016〉の年収はブルゾンちえみもびっくりの〇〇億だ!!

男子プロテニス協会のATPは16日に公式サイトで、世界ランク9位の錦織圭が右手首の負傷により28日から開幕の全米オープン(アメリカ/ニューヨーク、ハード、グランドスラム)を含む年内の残り全大会を欠場し、休養へ入ると発表した。

ここ最近錦織圭の快進撃は見られなかった、、
その理由がケガだったのだ。









やはり気になるのは錦織圭の現在の世界ランキング
日本人はランキンングが大好き!同胞の世界での活躍は励みになる!


錦織圭の世界ランキングは13位へ後退したとみられる、、、、



最高で四位までいった錦織圭!
これまで日本人のテニス強者はいなかった、熱い男松岡修造でさえも最高ランキングは46位、、
桁外れの強さを見せた。

錦織が四大大会を欠場するのは、腹筋を痛めた2012年の全仏オープン(フランス/パリ、レッドクレー、グランドスラム)以来5年ぶり。ツアー大会では2011年以来6年ぶりとなる無冠のシーズンとなった。

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木村沙織引退。会見は悲しいけど可愛いと話題。木村沙織の性格やエピソードとは? [スポーツ]

バレーボール界のアイドル、サオリン引退。

木村 沙織(きむら さおり、1986年8月19日 生まれ )は言わずと知れた日本を代表するプロバレーボール選手だ。

ニックネームはサオリン。

高身長アイドルとしても活躍できそうな木村沙はどんな人生でどんな性格やエピソードがあったのだろうか?


まず幼少期
埼玉県八潮市生まれ。
数度の引っ越しを経て小学校2年生の時に秋川JVCに入団し、バレーボールを始める。



秋川JVCは守備練習中心のチームで、この頃レシーブ練習を数多くこなした事が、現在のレシーブ力に生かされていると本人は言っている。

木村沙織が小学生の時のエピソードとしては6年生のときに週末に友達と遊びたい!と2週間辞めていた事があるという。

しかし、それが唯一(怪我以外で)バレーボールと離れた期間という。


中学校はバレーボール名門、成徳学園中学校に進学。ここで大山加奈、荒木絵里香、大山未希など、以後チームメイトとなる選手達と出会う。中学校入学時には163cmとさほど高くはなかった身長は、中学3年間で約15cmも伸びた。このころから高身長アイドル的要素はあったようだ。


既にこの頃から全国で注目される選手となっている









高校時代
2002年、バレーの名門として知られる成徳学園高校(現・下北沢成徳高等学校)に進学。
木村沙織の活躍で快進撃を続けた成徳学園。

そして木村沙織の運命ともなる高3
の時、2004年アテネオリンピック最終予選で全日本代表に招集され、初戦のイタリア戦で代表初スタメン出場を果たし、14得点をマーク!


端正な顔立ちとあどけない笑顔、明るい性格で「スーパー女子高生」の呼び名で一気にブレイクした。


現在日本女子バレーボールの世界ランキングは6位くらいであり、世界ランキング上位国になっているが、木村沙織がいなければバレーボール強豪国とはなっていないかもしれない。


と言っても過言ではないだろう。

それほど活躍した。また木村沙織の明るい性格と年を重ねるごとに美人になる木村沙織はバレーボール人気を集めた。

まさに、日本バレーボール界のシンボル、象徴とも言えた。


そんな木村沙織サオリンが大粒の涙で引退発表

「今は感謝の気持ちでいっぱいです」とコメント。

元スーパー女子高生木村沙織も三十路の色気ある人妻だ。

しかし引退会見中に涙をこぼす姿はあどけなくも見える。

「木村沙織の引退会見、悲しいけど可愛い」そんな声がネットではすぐにあがっている。


 バレーボール女子日本代表をけん引してきた木村沙織(30歳:東レ所属)が22日、滋賀県大津市内で会見した。

木村沙織は「今月末をもって、現役引退することをご報告させて頂きます。本当にたくさんの方々に支えてもらって、いまは感謝の気持ちでいっぱいです」と引退を表明した。


30歳で現役引退は早い。しかし衰えがくるのも30歳、、もちろん人によるが一般人ならば30歳を境に体力は急降下する。

しかし近年のスポーツ選手はむしろ30歳からがピークの選手が多い。

希勢の里などは良い例だ。


木村沙織は引退理由について「どこが(プレー面での)ピークかは分からないけど、うまくいかなくなったり、思うように動けなくなってから辞める(という)より、気持ち的に前ほど悔しいっていうのがなくなったりとか、試合に負けて『くそ~』って感じが薄れてきたかなっていうのがあった。アスリートであるからには勝負にこだわらないといけない。気持ちの部分でちょっと薄れてきた」と説明した。

プロで戦うともちろん負ける時もある。負けてはならない!というプレッシャーも国際試合やトーナメント試合よりも少ない。

負け慣れしてしまえば悔しさも薄れる。それがハングリーさの欠如となったか?


更に木村沙織はこう続けた「バレーボールは自分にとって「常に生活の中心。バレーボールがあったから出会えた人もいたし、行けた場所もあった。自分を高めてくれた」とバレーボールにも感謝。

 今後については「長い間ずっとバレーボールをしてきたので、少しゆっくりしながら、家族の時間を作りながら、主婦をしながら、私らしく第二の人生を楽しみたい。のんびりとというか、ほんわかと、温かい幸せな家庭を築けたらいいなと思います」と話した。

今後は後進の育成つまり指導者としての道にいくのか?の質問には

「いまはそこは考えていないです。今は一戦から外れて、一ファンと同じ目線でバレーを観戦したい気持ちが強い」とした。

 会見中には感謝の思いを語りながら、言葉に詰まる場面もあった。大粒の涙をこぼすと、「泣いちゃった~」と笑顔で涙をぬぐった。

涙をこぼしおどける姿はあどけなくも見えた。

「木村沙織の引退会見、悲しいけど可愛い」そんな声がネットではすぐにあがったのも納得だ。

 木村は去年10月10日、自身のブログで16-17シーズン限りでの引退を表明。東レとしてのシーズン最終戦となったNEC戦(3月5日)後に心境は語らず。この日、あらためて思いを語った。

 東京・下北沢成徳高在学中の2004年にアテネ五輪に初出場し「スーパー女子高生」としてブレイクした木村サオリン。

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エンダム対村田諒太 海外の反応。世界からの評価とは? [スポーツ]

村田諒太が念願のチャンピオンに!!

疑惑の判定を乗り越えての直接再戦で念願の世界王座奪取!竹原慎二以来2人目のミドル級世界王者に輝いた!!

TKO勝利者した村田諒太は泣いた、会見では紳士的な言葉とユーモアあふれるコメントで絶賛の嵐だった。

「村田諒太カッケー!!見た目もいいし強いのに紳士的でユーモアもある!」
「村田諒太さんのファンになりました」
「真のスーパースターだ」
「彼の人柄が周りの良い人を引き寄せた」
「善戦したエンダムも紳士的だった」
「二人に最大の敬意を称えたい」
「村田諒太は本物のサムライだ」
「エンダムとは友人です!と言ったのは泣けてきた」
「コメントが一言一言丁寧で心に刺さる」
など村田諒太のファンは急増!!


まさに村田諒太は気は優しくて力持ちタイプ!前回の疑惑の判定でも潔く負けを認めて文句一つ言わなかった。

その姿を知らなかった人も今回の再戦で経緯を知る事になり、その謙虚な姿勢も賛美された。

今回のエンダム対村田諒太 海外の反応はどうだったのか?

村田諒太は世界からはどう思われているのか?


・村田にとって素晴らしい勝利だ。
前回も明らかにエンダムに勝っていた。


・エンダムのチームが止めたことに驚いた。
彼は圧倒されていたから、理由は分かる。
どんどん悪くなる一方だった。
ただもう少し戦わせると思った。


・良い決定だった。
エンダムには何も残されていなかった。
続けていたら、彼の脳がダメージを受けるだけだった。


・ESPNは放送時間内に村田戦を終わらせることが出来てラッキーだったな。(笑)


・エンダムってどれくらい強かったわけ?
多くの良いボクサーは、村田相手にもっと苦戦していたと思う。


・エンダムは今までKOされたことがないことを考えると、村田は凄いな。


・村田は良くやったよ。
どのラウンドも村田が獲っていた。


・竹原慎二に続いて、村田は日本人2人目のミドル級王者になった。





・村田はレミューとサンダース相手にどれくらいやれると思う?


・↑彼はトップ5のミドル級ボクサーには敗れると思う。
トップ5にはGGG、ジェイコブス、アウバレス、レミュー、サンダースが含まれる。


・↑村田はディフェンスをよくおろそかにする。
ハードパンチャーはそこにつけ入るだろうね。


・来年、村田vsジャーモール・チャーロを是非頼む。


・レミューvs村田。
どちらが勝つと思う?理由は?


・↑レミューだね。
村田はレミューを相手に出来るほどのディフェンス力がない。


・村田は怪物だ!素晴らしい!



などが今回のエンダム対村田諒太 海外の反応だ。
村田諒太 世界からの評価は悪くない。




しかし日本での反応も世界のミドル級トップクラスには通用しない!と厳しい意見もコメントされており、その点は海外も同じようなコメントもあった。


村田諒太は
世界トップクラスの選手とやったら負ける
というコメントが日本でも海外でも相次いだ。


ちなみに竹原慎二は村田諒太の試合後の体温計について「自分の評価をあげるためだろう」と冷めたコメント。
竹原慎二らしい反応だ。

村田諒太の海外の反応も良いし
村田諒太の世界の評価も高い

もちろん日本での評価は最大にあがってるが

竹原慎二はどこふく風のコメントであった。
初代王者のユーモアもなかなかのものだった。(ユーモアじゃないけど)






以下は詳細↓

 プロボクシング・WBA世界ミドル級タイトルマッチ(22日、東京・両国国技館)挑戦者で同級1位の村田諒太(31)=帝拳=が、王者のアッサン・エンダム(33)=フランス=に7回終了TKO勝ち。5月20日に東京・有明コロシアムで行われた王座決定戦では、攻勢だったにもかかわらず1-2で判定負けし採点が物議を醸したが、再戦でリベンジ。念願の世界王者に輝いた。


左右に動き回るエンダムに対し、前へ出る圧力を前回以上に強くした。序盤は右ストレートにこだわらず、左ボディーを中心に攻めた。エンダムのスタミナを奪う、理想的な展開だった。

 不可解な採点による判定で敗戦を喫した5月の王座決定戦の反省から、相手にポイントを与えない“失点防止”を徹底。確実にポイントを稼ぎながらダウンを奪う、文句なしの内容で完全決着を目指した。

 約2年前から元WBA世界スーパーフライ級王者の飯田覚士氏(48)の指導を受け、自ら専用トレーニング器具を購入。目の前を動く物体の動きを追い続ける動体視力、立体的な遠近感をつかむ立体視能力などの向上や視野の拡張に励んだ。スピードを生かした豊富な手数、サイドステップで角度をつけたパンチを武器にするエンダム対策としても、総合的な視力のアップは十分に機能した。

 汚名返上のためWBAは、今回は厳選したレフェリー、ジャッジを派遣してきた。レフェリーはケニー・ベイレス氏(米国)。2015年5月のメイウェザー-パッキャオ戦などを裁いた実績を持つ。ジャッジではラウル・カイズ・ジュニア氏(同)は前回の対戦で唯一、村田の勝ちと採点したラウル・カイズ・シニア氏の息子。ロバート・ホイル氏(同)は15年10月の河野公平-亀田興毅戦で勝った河野を支持。いずれも公正中立な人物だった。

 2012年ロンドン五輪金メダリストが異例のダイレクトリマッチ(他選手との試合を挟まない再戦)で、因縁に終止符を打った。村田が日本選手初の五輪メダリストのプロ世界王者となり、1995年の竹原慎二以来、2人目のミドル級世界王者に君臨した。





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伊達公子にか勝ったクルニッチが可愛いくて清々しい!と話題! [スポーツ]

アレクサンドラ・クルニッチ 
が話題だ!


伊達公子の引退試合の相手だったのだが、クルニッチのコメントが素晴らしく見た目も可愛いからだ!!

クルニッチにやぶれて{元クルムっち}も本望かもしれない。

puffer.jpg

クルニッチは今後注目される選手となるだろう!!



アレクサンドラ・クルニッチ
ALEKSANDRA KRUNIC



ランキングはWTAシングルス
67位だ。

国籍はセルビアで出身地はロシア・モスクワ。
居住地はセルビア・ベオグラードだ。


生年月日は1993年3月15日

年齢は24歳

身長 / 体重
163cm / 53kg


プロ転向年2008年
 

ロシア・モスクワ生まれで、地元と言えばモスクワという意識があるらしいが、祖父母とともにセルビアに在住している。テニスを始めたのは3歳のときで、好きなショットはドロップショット。

心理学と犯罪学に興味があると公言しているあたりがユニークだ。2014年の全米オープンでは予選からの出場で本戦入りを果たし、2回戦でキーズ、3回戦でクビトバを破って4回戦に進出。


アザレンカともフルセットの激戦を戦って注目された。高い俊敏性を生かした堅守速攻タイプの選手で、攻守のメリハリがよく、ベースラインからの強打の精度を確保できているときの彼女はかなりの強さを見せる。


今シーズン勝敗 7勝10敗

今シーズン戦績

出場試合数 10
ツアー優勝回数 0 勝数 7
ツアー準優勝回数 0 負数 10


グランドスラム戦績
ツアー優勝回数 0 勝数
2
ツアー準優勝回数 0 負数 1

戦績を見るとあまり強くないクルニッチ。
だが伊達公子との試合では強かった!





最後の対戦相手になったクルニッチは試合後、伊達に対しての思いを話した。

 クルニッチは「今日の試合ですが、みなさんどれだけ大切な試合か知っていたと思います、私にとっても大切な試合でした。選手はいつかこういうとき(引退)が来るのです。とても感情的になった試合でした」と振り返った。

 続けて「試合の(伊達の)対戦相手が、私でなければ良かったのにと思いました。なんで私なのというのが正直な気持ちです」と胸中を吐露。一方で「でも、非常にいい経験をしました。伊達選手は、素晴らしいキャリアですし、とてもおもしろいキャリアを持った方。その引退劇の一部に自分が関われたことは光栄です。悲しいことは悲しいですが、光栄であることには間違いありません」と気持ちを述べた。クルニッチのスピーチ中には、伊達が笑顔を見せる場面もあった。

 最後に「私がきょう(試合に)勝ってしまってごめんなさい。私はプロなので、仕方がなかったんです。もしかしたらこの後ロッカールームで泣いてしまうかもしれません」と口にした。


このようなコメントから伊達公子を本当に尊敬しているのがわかる!

伊達公子はクルニッチの憧れの選手だったのかもしれない、、

一方
46歳・伊達公子は涙の引退スピーチ「とうとう終わってしまいました」と、、


 ジャパン女子オープン第2日(12日、東京有明テニスの森公園)元世界ランキング4位で46歳の伊達公子(エステティックTBC)が現役最後の大会のシングルス1回戦で、世界ランキング67位のアレクサンドラ・クルニッチ(24)=セルビア=と初対戦。0-6、0-6で敗れ、現役生活を終えた。試合後、引退セレモニーが行われ、多くの仲間やファン、関係者が見守る中で思いを明かした。

 伊達は「みなさん、きょうは朝から雨が降っていつから試合が始まるか不安の中、駆けつけていただき、ありがとうございました」と笑顔で感謝の言葉。

 続けて「とうとう終わってしまいました。やっぱりさみしい気持ちの方が強いかなと思います。試合は、本当にきょうは100%にほど遠いプレーになることは自分の中で分かっていたのですが、本当の勝負の場に立つことができるチャンスを与えていただいて、対戦相手の彼女(クルニッチ)もフルでファイトしてくれたことも、テニスプレーヤーとしてうれしく感じました。自分なりには、とにかく1ポイントでも多く、自分らしいプレーができるようにと、最後まで思ってコートに立ち続けました」と、現役最後となった試合を振り返った。

 「こうなると、テニスの難しさというのをすごく痛感しますし、1ポイントの重み、1ゲームの重みというものを本当に強く、大きく感じた試合になったと思います。しかし、これが勝負でありプロテニスプレーヤーのタフさ、厳しさということにつながるということを強く感じました。90年代のファーストキャリア、12年のブランクを経てカムバックし、2度のキャリアを長い時間プレーできたことを本当にうれしく思います。多くの方に支えていただき、最初から最後まで応援してくれたスポンサーのみなさんにも感謝の言葉を伝えたいと思います」と語った。

 さらに「私自身、昨年の4月に膝の軟骨移植の手術を受けました。残念ながら膝は元気なんですけれども、肩がどうしても二重苦になってしまうと、膝の不安もゼロではないので、不安を抱えながら、サーブを打ったあとに膝の不安に切り替えてとなると…。練習の中では楽しくできるんですけど、きょうの試合のように、どっちにボールが飛んでくるかとなると、なかなか思うようなプレーができなくなってきてしまったことに、決断をしなければならないと至りました。皆様の前で、こうやってコートにプレーヤーとして立つのは最後となりますが、一度目の引退のときのように、テニスはもう十分、ラケットも握りたくないという日はないと思うので、会場にも足を運んでみなさまと一緒に見続けていきたいです」と心境を明かした。

 終始、笑みを浮かべていた伊達だったが、自身の引退セレモニーにかけつけた現役、引退選手たちに声をかける場面では感極まり、涙を浮かべる場面も。最後は「みんなありがとう」と再び笑顔を見せた。

 伊達は「私自身、テニスプレーヤーである以上、最後まで勝負にこだわって、負けることはすごく大嫌いでしたし、コートに立つとみんなが『伊達公子は怖い』という印象が強かったんですけど、勝負にこだわるが故だったのでお許しください」と話し、再度関係者へのお礼を述べた。最後に「テニスファンのみなさん、これから日本のテニス、WTAのテニスも応援していただければと思います」とスピーチを締めた。




伊達公子さん長きに渡り日本女子テニスを盛り上げてくれてありがとうございました。本当にお疲れ様でした。



そして
クルニッチの今後を見守りたい。




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バレーボールの谷村考さん死亡、、 [スポーツ]

 男子バレーボール元日本代表の谷村孝(たにむら・こう)さんが2017年9月3日、死去した。35歳だった。死因は心筋梗塞という。

 現役時代に所属していた「Vリーグ」のパナソニック・パンサーズの広報担当者などによれば、死因は心筋梗塞という。突然の訃報に、インターネット上では「信じられない」「早すぎます」といった驚きや悲しみの声が広がっている。


筑穂中学1年よりバレーボールを始めた谷村考さん。

中央大学在学中の2004年に全日本代表に初選出、同年ワールドリーグに出場した。2005年にパナソニック・パンサーズに入団した。

2015年2月21日の対堺ブレイザーズ戦に出場し、通算出場試合数が230試合となり、Vリーグ栄誉賞の受賞資格を得た。

2016年引退。

去年引退して第二の人生を始めたばかりだったのに、無念なのはご本人とご家族だろう。。



 福岡県出身。中央大学を卒業後、2005年にパンサーズに入団。本職のウィングスパイカーだけでなく、高い守備力を買われリベロのポジションも務めた。2016年の現役引退まで11シーズンにわたり活躍し、4度のリーグ優勝に貢献した。2004年、2008年には全日本代表チームにも選ばれている。

 谷村さんを高校時代に指導し、6日に行われた葬儀では弔辞を読んだという母校・福岡大附属大濠高校男子バレー部顧問の大賀俊信さん(55)は7日のJ-CASTニュースの取材に、

  「病気で入院していた訳でもなく、本当に突然の訃報でした。自宅で突然、倒れたと聞いています。ただただ驚いていますし、本当に残念です」

と話した。

 今回の訃報を受け、ツイッターには谷村さんの現役時代を知るファンを中心に、

  「早すぎます。悲しいです。心よりご冥福をお祈りいたします」
  「いぶし銀のプレーとキャプテンシーは忘れられません ご冥福をお祈りします」
  「オールラウンダーで、代表でもチームでも頼れる素晴しい選手でした」
  「コートの外でも中でも、いつも皆んなに声かけして、そして、コートをよく駆け回ってましたね まだまだ信じられない」

といった追悼の声が数多く出ている。

 また、谷村さんとパンサーズで7年間チームメートだった、男子バレー日本代表の清水邦広選手(31)は5日のツイッターで、

  「偉大な先輩が35歳という若さで永眠しました。パナソニックでも代表でも栄光を築き上げた偉大な先輩。一緒に旅行したり飲んでバカやって笑ったり辛いときも一緒に乗り越えてきた。優しい先輩でもあって仲間だったし家族だった」

とコメント。その上で、「こんなに悲しい事はないです。ご冥福をお祈りいたします」とツイートを結んでいる。








スポーツ選手だったらば不摂生や運動不足で不健康ということはないだろう、、
それなのに突然死はやってくる。

持病もなく不健康でもない屈強なスポーツマンまで突然死をしてしまう可能性があるのだ。


どうやって気を付ければよいのか?


、、対策のしようがない。


こればかりは運命なのだろうか、、

心よりご冥福をお祈りします。






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ショック!!錦織圭今期欠場!世界ランクダウンが気になる!!!年収も減るか? [スポーツ]

錦織圭欠場で世界ランクはどうなる?
錦織圭の欠場で年収はどうなる?去年の〈2016〉の年収はブルゾンちえみもびっくりの〇〇億だ!!

男子プロテニス協会のATPは16日に公式サイトで、世界ランク9位の錦織圭が右手首の負傷により28日から開幕の全米オープン(アメリカ/ニューヨーク、ハード、グランドスラム)を含む年内の残り全大会を欠場し、休養へ入ると発表した。

ここ最近錦織圭の快進撃は見られなかった、、
その理由がケガだったのだ。









やはり気になるのは錦織圭の現在の世界ランキング
日本人はランキンングが大好き!同胞の世界での活躍は励みになる!


錦織圭の世界ランキングは13位へ後退したとみられる、、、、



最高で四位までいった錦織圭!
これまで日本人のテニス強者はいなかった、熱い男松岡修造でさえも最高ランキングは46位、、
桁外れの強さを見せた。

錦織が四大大会を欠場するのは、腹筋を痛めた2012年の全仏オープン(フランス/パリ、レッドクレー、グランドスラム)以来5年ぶり。ツアー大会では2011年以来6年ぶりとなる無冠のシーズンとなった。

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木村沙織引退。会見は悲しいけど可愛いと話題。木村沙織の性格やエピソードとは? [スポーツ]

バレーボール界のアイドル、サオリン引退。

木村 沙織(きむら さおり、1986年8月19日 生まれ )は言わずと知れた日本を代表するプロバレーボール選手だ。

ニックネームはサオリン。

高身長アイドルとしても活躍できそうな木村沙はどんな人生でどんな性格やエピソードがあったのだろうか?


まず幼少期
埼玉県八潮市生まれ。
数度の引っ越しを経て小学校2年生の時に秋川JVCに入団し、バレーボールを始める。



秋川JVCは守備練習中心のチームで、この頃レシーブ練習を数多くこなした事が、現在のレシーブ力に生かされていると本人は言っている。

木村沙織が小学生の時のエピソードとしては6年生のときに週末に友達と遊びたい!と2週間辞めていた事があるという。

しかし、それが唯一(怪我以外で)バレーボールと離れた期間という。


中学校はバレーボール名門、成徳学園中学校に進学。ここで大山加奈、荒木絵里香、大山未希など、以後チームメイトとなる選手達と出会う。中学校入学時には163cmとさほど高くはなかった身長は、中学3年間で約15cmも伸びた。このころから高身長アイドル的要素はあったようだ。


既にこの頃から全国で注目される選手となっている









高校時代
2002年、バレーの名門として知られる成徳学園高校(現・下北沢成徳高等学校)に進学。
木村沙織の活躍で快進撃を続けた成徳学園。

そして木村沙織の運命ともなる高3
の時、2004年アテネオリンピック最終予選で全日本代表に招集され、初戦のイタリア戦で代表初スタメン出場を果たし、14得点をマーク!


端正な顔立ちとあどけない笑顔、明るい性格で「スーパー女子高生」の呼び名で一気にブレイクした。


現在日本女子バレーボールの世界ランキングは6位くらいであり、世界ランキング上位国になっているが、木村沙織がいなければバレーボール強豪国とはなっていないかもしれない。


と言っても過言ではないだろう。

それほど活躍した。また木村沙織の明るい性格と年を重ねるごとに美人になる木村沙織はバレーボール人気を集めた。

まさに、日本バレーボール界のシンボル、象徴とも言えた。


そんな木村沙織サオリンが大粒の涙で引退発表

「今は感謝の気持ちでいっぱいです」とコメント。

元スーパー女子高生木村沙織も三十路の色気ある人妻だ。

しかし引退会見中に涙をこぼす姿はあどけなくも見える。

「木村沙織の引退会見、悲しいけど可愛い」そんな声がネットではすぐにあがっている。


 バレーボール女子日本代表をけん引してきた木村沙織(30歳:東レ所属)が22日、滋賀県大津市内で会見した。

木村沙織は「今月末をもって、現役引退することをご報告させて頂きます。本当にたくさんの方々に支えてもらって、いまは感謝の気持ちでいっぱいです」と引退を表明した。


30歳で現役引退は早い。しかし衰えがくるのも30歳、、もちろん人によるが一般人ならば30歳を境に体力は急降下する。

しかし近年のスポーツ選手はむしろ30歳からがピークの選手が多い。

希勢の里などは良い例だ。


木村沙織は引退理由について「どこが(プレー面での)ピークかは分からないけど、うまくいかなくなったり、思うように動けなくなってから辞める(という)より、気持ち的に前ほど悔しいっていうのがなくなったりとか、試合に負けて『くそ~』って感じが薄れてきたかなっていうのがあった。アスリートであるからには勝負にこだわらないといけない。気持ちの部分でちょっと薄れてきた」と説明した。

プロで戦うともちろん負ける時もある。負けてはならない!というプレッシャーも国際試合やトーナメント試合よりも少ない。

負け慣れしてしまえば悔しさも薄れる。それがハングリーさの欠如となったか?


更に木村沙織はこう続けた「バレーボールは自分にとって「常に生活の中心。バレーボールがあったから出会えた人もいたし、行けた場所もあった。自分を高めてくれた」とバレーボールにも感謝。

 今後については「長い間ずっとバレーボールをしてきたので、少しゆっくりしながら、家族の時間を作りながら、主婦をしながら、私らしく第二の人生を楽しみたい。のんびりとというか、ほんわかと、温かい幸せな家庭を築けたらいいなと思います」と話した。

今後は後進の育成つまり指導者としての道にいくのか?の質問には

「いまはそこは考えていないです。今は一戦から外れて、一ファンと同じ目線でバレーを観戦したい気持ちが強い」とした。

 会見中には感謝の思いを語りながら、言葉に詰まる場面もあった。大粒の涙をこぼすと、「泣いちゃった~」と笑顔で涙をぬぐった。

涙をこぼしおどける姿はあどけなくも見えた。

「木村沙織の引退会見、悲しいけど可愛い」そんな声がネットではすぐにあがったのも納得だ。

 木村は去年10月10日、自身のブログで16-17シーズン限りでの引退を表明。東レとしてのシーズン最終戦となったNEC戦(3月5日)後に心境は語らず。この日、あらためて思いを語った。

 東京・下北沢成徳高在学中の2004年にアテネ五輪に初出場し「スーパー女子高生」としてブレイクした木村サオリン。

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