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プリンスが死去。死因とは?何故57歳で亡くならなければならなかったのか?薬の誤飲?そんな事まで考えてしまう。。 [音楽業界]

米国の人気ミュージシャン「プリンス」(prince)が死亡したとニュースが日本時間の4月22日午前2時頃、アメリカの現地メディアで報じられた。

はっきりとした死因はまだわかっていない。が身長158センチという華奢な体は病弱であり、昔から股関節の痛みが激しかったようだ。

享年57歳。プリンスはアメリカの伝説的ミュージシャンで日本国内にも多くのファンがいたことでも有名。稀代の才能であり、奇抜なファッションで凄まじいリリックの世界。変態思考か?とまで言われた独特の世界観だが、心地よいメロディーと透き通った声で多くのファンを魅了した。DOWNTOWN CRASSICSと俗に言われるミディアムテンポのSOULなどのblackmusicよりな音楽性もあるがrockにも通じた。


現地メディアの報道ではミネソタ州の音楽スタジオ「ペイズリーパーク」で遺体にて発見されたようで、死因は先週発症したといわれているインフルエンザが悪化した可能性もあるとのこと。

インフルエンザが悪化で死去。そこまで重度なインフルエンザなどあるのか?高齢な方なら話しは聞くがまだ57歳、、インフルエンザによる肺炎が悪化して亡くなるケースはあるようだが、事実はわからない。

風邪薬を飲み過ぎたか?謝ってタミフル大量服用したか?そんな事も考えてしまう。
タミフルは未成年者や1部の人が飲むと幻覚を見るなどの症状がでるケースもある。


プリンスは薬物投与によって病を抑えていたという話しも出てきた。






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マライア・キャリーとジェニファー・ロペスの確執とは?嫉妬が原因?二人の攻防が面白い [音楽業界]

アメリカのビックな歌姫マライア・キャリーとジェニファーロペスには確執があるようだ、、

何とマライア・キャリーはいまだにジェニファー・ロペスが誰かを知らないという。

遠く離れた日本の極々一般の人でさえジェニファーロペスくらい知っている。音楽に詳しくない人でさえも知っているはずだ。
それを同国で同じポップ界にいながら「知らない」とは
異常である。。



マライアは同じポップ界のアーティストであるジェニファーのことを10年前と相変わらず知らないと『TMZ』のインタビューに回答した。

一方でジェニファーは以前のマライアのコメントについて、
「マライアってたぶん忘れっぽいのよ! だって私たちは何度も会ったことがあるもの」
と答えていたものの、昨年には2人の不和が取り沙汰された際にはマライアには会ったことさえないとコメントしており、
「マライアに対する敵意なんて一切ないわ。昔彼女が言った私についてのコメントを読んだことはあるし、あまり良いことではなかったけれど、私たちは会ったことさえないんだもの。ちゃんと話したことがないと言った方がいいかしら。多分過去に私が良く知らないところで話が大きくなっていたのかもね。でも私には分からないわ」と話していた。


とジェニファーロペスもマライア・キャリーにはリスペクトはないと断言!しかし、確執はないとほのめかす場面もあったようだ。

さらに
マライアとの確執を否定しながらも、その後にジェニファーがほとんど全てのラスベガス常設公演を鑑賞しているにも関わらず、マライアの公演だけには行ったことがないという事実が明らかになっていた。


自らも同市で長期公演を行っているジェニファーはそれが意図的ではなかったと弁解しており、「たぶんマライアの公演が始まった時には私はもうニューヨークで『シェイズ・オブ・ブルー』の撮影をしていて、『アメリカン・アイドル』が週末にはあったから時間がなかったんだと思うわ。そのあとは自分のショーの準備が始まったでしょ。だからチャンスがなかったのよ」と語っていた。

更にジェニファーロペスのマライア・キャリーへの態度はよくない






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東日本大震災直後に日本に曲を書き下ろしてくれた優しいキース・エマーソンが拳銃自殺、、本当に悲しい [音楽業界]

プログレッシブ・ロックの英人気バンド「エマーソン、レイク&パーマー」(ELP)の創設メンバーでキーボード奏者だったキース・エマーソンさんが米カリフォルニア州サンタモニカの自宅で死亡しているのを日本人のパートナー、カワグチ・マリさんが11日未明に発見した。71歳。銃を使用して自殺したとみられる。

アメリカのガン社会が生んだ悲劇がまたしても起きてしまった、、、
日本想いの優しい1面もあったキース・エマーソンさんだけに日本でも悲しみの声が相次いだ。

 1944年11月、英国生まれ。70年にELPを結成し、英ワイト島ポップフェスティバルで華々しくデビュー。前衛的ロックの傑作アルバム「タルカス」が全英1位になるなどヒットを連発した。ロックにクラシックやジャズの要素も入れ、シンセサイザーを導入したことで知られ、ムソルグスキーのピアノ組曲を演奏したアルバム「展覧会の絵」が話題になった。


79年にバンドは活動休止。90年代に再結成したものの再び休止した。最近は病気を苦にしていたという情報もある。

 エマーソンさんは4月14日にビルボードライブ大阪、同月17~19日にビルボードライブ東京で公演を予定していたが、主催者は中止を決めた。

エマーソンは
日本想いの優しい1面もあった。。


2011-03-23、つまり東日本大震災の直後にキース・エマーソンは日本へ向けた書き下ろしの新曲「THE LAND OF RISING SUN/日出ずる国へ」を公開したのだ。

5年前の東日本大震災直後は






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竹松舞さんが話題!話題の理由とは? [音楽業界]

竹松 舞(たけまつ まい、1980年12月16日 - )は、ハープ奏者であり医師である。35歳。

このところ話題になっている。


宮城県仙台市生まれ、千葉県育ち。
幼少の頃からピアノを習う。
父親のアメリカ合衆国留学に伴って渡米し、ハープと出会う。

帰国後ハープ演奏家のヨセフ・モルナールに弟子入りし、1991年に当時最年少の11歳で全日本ハープコンクールジュニア部門2位入賞を果たした。さらに1993年には優勝も経験するなど、そのハープ演奏家としての才能が開花、リリースしたCDアルバムも話題となり、クラシック音楽の演奏会にも数多く出演。
志学館中等部・高等部卒業。

順天堂大学医学部卒業。
2005年から2007年3月まで、アメリカにいた経験を生かして「J-MELO」(NHKワールドで海外向けに放送する日本音楽紹介番組。2006年から国内向けでも放送)で全編英語での司会・進行役も勤めた。
2007年3月、第101回医師国家試験に合格。



実はロックも好き。デビュー当時、『炎』誌で酒井康と対談し、デフ・レパードが好きと語っていたが、典型的なヘヴィ・メタルは苦手らしい。自身の作品にもエアロスミス「エンジェル」、ジョン・レノン「イマジン」、ビートルズ「ノルウェーの森」「サムシング」といった曲を収録した。









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EWFのモーリスホワイトさん死去、、多くの人からリスペクトされていた。 [音楽業界]

米ソウルグループ、アース・ウィンド・アンド・ファイアーの創設メンバー、モーリス・ホワイトさんが3日、ロサンゼルスで亡くなった。

また1つ伝説的ミュージシャンが逝ってしまった。。

パーキンソン病を患っていたホワイトさんは、就寝中に死亡したと弟が明らかにした。74歳だった。

今でも多くのミュージシャンからリスペクトされ続けているEWF。「バーディア バーディア」のリズム、メロディーは誰しも聞いたことがあり、大きな音で聞けば絶対に踊ってしまう。

なんて幸せなんだ!こんな曲が聞けるなんて!そんな思いすらある。
 

「リース」という愛称で親しまれたホワイトさんは、1992年にパーキンソン病と診断された。1995年には健康問題のため、ツアーに参加するのを中止。数カ月前から症状が悪化していたという。

グループの一員だった弟のバーディン・ホワイトさんは4日、「兄でヒーローで親友のモーリス・ホワイトが昨夜、就寝中に安らかに亡くなりました」とAP通信に明らかにした。

「世界はまたひとり、偉大な音楽家で伝説を失いました。私たち家族は、自分たちの人生が一変してしまうこの辛い変化に対応していくなか、プライバシーを尊重してくださるようお願いします。祈りと温かいお言葉をありがとうございます」とコメントしている。

アース・ウィンド・アンド・ファイアーは「セプテンバー」、「ブギー・ワンダーランド」、「シャイニング・スター」、「アフター・ザ・ラブ・ハズ・ゴーン」などをヒットさせた。アルバム売上総数は9000万枚以上。

前述したバーディア!と歌う「セプテンバー」は1978年に発表されて以来ロングランヒットである。
バーディアの意味は諸説あるが、一番有力かつそうであって欲しい説は
衝動的にでた言葉だったらしい。

意味はないのだ、それであのグルーヴ!

ホワイトさんは2000年にAP通信に対して、アース・ウィンド・アンド・ファイアーの音楽をただ楽しんでもらうのではなく、インスピレーションを受けてもらいたいと話していた。

インスピレーションで書かれた曲からインスピレーションを受けるのは当然で、今もなお多くのリスナーの琴線に触れている。


「それが目的のすべてでした。若い人たちに、自分を信じて、自分の思ったことをやり通してもらう、そのきっかけになりたかった」、「自分たちの曲で大勢の人に何かを感じてもらうことができた」とホワイトさんは、グループの音楽を振り返っていた。

セッション・ドラマ―だったホワイトさんは1960年代後半、シカゴで「ソルティー・ペッパーズ」というバンドを結成。その後、弟のバーディーン以外の全員と別れてバンドを解散し、ロサンゼルスに移住した。新しいバンドを作り、自分のホロスコープ(占星術)にとって重要な三大要素「土、風、火」を並べて「アース・ウィンド・アンド・ファイアー」と命名した。

初期のヒット曲の多くは、フィル・ベイリーさんの明るいファルセットの高音ボーカルが特徴的だった。








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プリンスが死去。死因とは?何故57歳で亡くならなければならなかったのか?薬の誤飲?そんな事まで考えてしまう。。 [音楽業界]

米国の人気ミュージシャン「プリンス」(prince)が死亡したとニュースが日本時間の4月22日午前2時頃、アメリカの現地メディアで報じられた。

はっきりとした死因はまだわかっていない。が身長158センチという華奢な体は病弱であり、昔から股関節の痛みが激しかったようだ。

享年57歳。プリンスはアメリカの伝説的ミュージシャンで日本国内にも多くのファンがいたことでも有名。稀代の才能であり、奇抜なファッションで凄まじいリリックの世界。変態思考か?とまで言われた独特の世界観だが、心地よいメロディーと透き通った声で多くのファンを魅了した。DOWNTOWN CRASSICSと俗に言われるミディアムテンポのSOULなどのblackmusicよりな音楽性もあるがrockにも通じた。


現地メディアの報道ではミネソタ州の音楽スタジオ「ペイズリーパーク」で遺体にて発見されたようで、死因は先週発症したといわれているインフルエンザが悪化した可能性もあるとのこと。

インフルエンザが悪化で死去。そこまで重度なインフルエンザなどあるのか?高齢な方なら話しは聞くがまだ57歳、、インフルエンザによる肺炎が悪化して亡くなるケースはあるようだが、事実はわからない。

風邪薬を飲み過ぎたか?謝ってタミフル大量服用したか?そんな事も考えてしまう。
タミフルは未成年者や1部の人が飲むと幻覚を見るなどの症状がでるケースもある。


プリンスは薬物投与によって病を抑えていたという話しも出てきた。






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マライア・キャリーとジェニファー・ロペスの確執とは?嫉妬が原因?二人の攻防が面白い [音楽業界]

アメリカのビックな歌姫マライア・キャリーとジェニファーロペスには確執があるようだ、、

何とマライア・キャリーはいまだにジェニファー・ロペスが誰かを知らないという。

遠く離れた日本の極々一般の人でさえジェニファーロペスくらい知っている。音楽に詳しくない人でさえも知っているはずだ。
それを同国で同じポップ界にいながら「知らない」とは
異常である。。



マライアは同じポップ界のアーティストであるジェニファーのことを10年前と相変わらず知らないと『TMZ』のインタビューに回答した。

一方でジェニファーは以前のマライアのコメントについて、
「マライアってたぶん忘れっぽいのよ! だって私たちは何度も会ったことがあるもの」
と答えていたものの、昨年には2人の不和が取り沙汰された際にはマライアには会ったことさえないとコメントしており、
「マライアに対する敵意なんて一切ないわ。昔彼女が言った私についてのコメントを読んだことはあるし、あまり良いことではなかったけれど、私たちは会ったことさえないんだもの。ちゃんと話したことがないと言った方がいいかしら。多分過去に私が良く知らないところで話が大きくなっていたのかもね。でも私には分からないわ」と話していた。


とジェニファーロペスもマライア・キャリーにはリスペクトはないと断言!しかし、確執はないとほのめかす場面もあったようだ。

さらに
マライアとの確執を否定しながらも、その後にジェニファーがほとんど全てのラスベガス常設公演を鑑賞しているにも関わらず、マライアの公演だけには行ったことがないという事実が明らかになっていた。


自らも同市で長期公演を行っているジェニファーはそれが意図的ではなかったと弁解しており、「たぶんマライアの公演が始まった時には私はもうニューヨークで『シェイズ・オブ・ブルー』の撮影をしていて、『アメリカン・アイドル』が週末にはあったから時間がなかったんだと思うわ。そのあとは自分のショーの準備が始まったでしょ。だからチャンスがなかったのよ」と語っていた。

更にジェニファーロペスのマライア・キャリーへの態度はよくない






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東日本大震災直後に日本に曲を書き下ろしてくれた優しいキース・エマーソンが拳銃自殺、、本当に悲しい [音楽業界]

プログレッシブ・ロックの英人気バンド「エマーソン、レイク&パーマー」(ELP)の創設メンバーでキーボード奏者だったキース・エマーソンさんが米カリフォルニア州サンタモニカの自宅で死亡しているのを日本人のパートナー、カワグチ・マリさんが11日未明に発見した。71歳。銃を使用して自殺したとみられる。

アメリカのガン社会が生んだ悲劇がまたしても起きてしまった、、、
日本想いの優しい1面もあったキース・エマーソンさんだけに日本でも悲しみの声が相次いだ。

 1944年11月、英国生まれ。70年にELPを結成し、英ワイト島ポップフェスティバルで華々しくデビュー。前衛的ロックの傑作アルバム「タルカス」が全英1位になるなどヒットを連発した。ロックにクラシックやジャズの要素も入れ、シンセサイザーを導入したことで知られ、ムソルグスキーのピアノ組曲を演奏したアルバム「展覧会の絵」が話題になった。


79年にバンドは活動休止。90年代に再結成したものの再び休止した。最近は病気を苦にしていたという情報もある。

 エマーソンさんは4月14日にビルボードライブ大阪、同月17~19日にビルボードライブ東京で公演を予定していたが、主催者は中止を決めた。

エマーソンは
日本想いの優しい1面もあった。。


2011-03-23、つまり東日本大震災の直後にキース・エマーソンは日本へ向けた書き下ろしの新曲「THE LAND OF RISING SUN/日出ずる国へ」を公開したのだ。

5年前の東日本大震災直後は






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竹松舞さんが話題!話題の理由とは? [音楽業界]

竹松 舞(たけまつ まい、1980年12月16日 - )は、ハープ奏者であり医師である。35歳。

このところ話題になっている。


宮城県仙台市生まれ、千葉県育ち。
幼少の頃からピアノを習う。
父親のアメリカ合衆国留学に伴って渡米し、ハープと出会う。

帰国後ハープ演奏家のヨセフ・モルナールに弟子入りし、1991年に当時最年少の11歳で全日本ハープコンクールジュニア部門2位入賞を果たした。さらに1993年には優勝も経験するなど、そのハープ演奏家としての才能が開花、リリースしたCDアルバムも話題となり、クラシック音楽の演奏会にも数多く出演。
志学館中等部・高等部卒業。

順天堂大学医学部卒業。
2005年から2007年3月まで、アメリカにいた経験を生かして「J-MELO」(NHKワールドで海外向けに放送する日本音楽紹介番組。2006年から国内向けでも放送)で全編英語での司会・進行役も勤めた。
2007年3月、第101回医師国家試験に合格。



実はロックも好き。デビュー当時、『炎』誌で酒井康と対談し、デフ・レパードが好きと語っていたが、典型的なヘヴィ・メタルは苦手らしい。自身の作品にもエアロスミス「エンジェル」、ジョン・レノン「イマジン」、ビートルズ「ノルウェーの森」「サムシング」といった曲を収録した。









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EWFのモーリスホワイトさん死去、、多くの人からリスペクトされていた。 [音楽業界]

米ソウルグループ、アース・ウィンド・アンド・ファイアーの創設メンバー、モーリス・ホワイトさんが3日、ロサンゼルスで亡くなった。

また1つ伝説的ミュージシャンが逝ってしまった。。

パーキンソン病を患っていたホワイトさんは、就寝中に死亡したと弟が明らかにした。74歳だった。

今でも多くのミュージシャンからリスペクトされ続けているEWF。「バーディア バーディア」のリズム、メロディーは誰しも聞いたことがあり、大きな音で聞けば絶対に踊ってしまう。

なんて幸せなんだ!こんな曲が聞けるなんて!そんな思いすらある。
 

「リース」という愛称で親しまれたホワイトさんは、1992年にパーキンソン病と診断された。1995年には健康問題のため、ツアーに参加するのを中止。数カ月前から症状が悪化していたという。

グループの一員だった弟のバーディン・ホワイトさんは4日、「兄でヒーローで親友のモーリス・ホワイトが昨夜、就寝中に安らかに亡くなりました」とAP通信に明らかにした。

「世界はまたひとり、偉大な音楽家で伝説を失いました。私たち家族は、自分たちの人生が一変してしまうこの辛い変化に対応していくなか、プライバシーを尊重してくださるようお願いします。祈りと温かいお言葉をありがとうございます」とコメントしている。

アース・ウィンド・アンド・ファイアーは「セプテンバー」、「ブギー・ワンダーランド」、「シャイニング・スター」、「アフター・ザ・ラブ・ハズ・ゴーン」などをヒットさせた。アルバム売上総数は9000万枚以上。

前述したバーディア!と歌う「セプテンバー」は1978年に発表されて以来ロングランヒットである。
バーディアの意味は諸説あるが、一番有力かつそうであって欲しい説は
衝動的にでた言葉だったらしい。

意味はないのだ、それであのグルーヴ!

ホワイトさんは2000年にAP通信に対して、アース・ウィンド・アンド・ファイアーの音楽をただ楽しんでもらうのではなく、インスピレーションを受けてもらいたいと話していた。

インスピレーションで書かれた曲からインスピレーションを受けるのは当然で、今もなお多くのリスナーの琴線に触れている。


「それが目的のすべてでした。若い人たちに、自分を信じて、自分の思ったことをやり通してもらう、そのきっかけになりたかった」、「自分たちの曲で大勢の人に何かを感じてもらうことができた」とホワイトさんは、グループの音楽を振り返っていた。

セッション・ドラマ―だったホワイトさんは1960年代後半、シカゴで「ソルティー・ペッパーズ」というバンドを結成。その後、弟のバーディーン以外の全員と別れてバンドを解散し、ロサンゼルスに移住した。新しいバンドを作り、自分のホロスコープ(占星術)にとって重要な三大要素「土、風、火」を並べて「アース・ウィンド・アンド・ファイアー」と命名した。

初期のヒット曲の多くは、フィル・ベイリーさんの明るいファルセットの高音ボーカルが特徴的だった。








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