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野際陽子さん死去、、元夫の千葉真一や共演者の佐野史郎のコメントとは? [芸能人]

幅広い役を演じ、テレビドラマには欠かせない存在として活躍した女優、野際陽子(のぎわ・ようこ)さんが13日午前、肺腺がんのため入院中の病院で死去していたことが15日、分かった。81歳。富山市出身。

 野際さんは2014年にフジテレビ系昼ドラ「花嫁のれん」に出演中、肺がんが発見され、治療したが、翌年に再発して腫瘍の摘出手術を受けた。

 抗がん剤治療で次第に回復。最近は、テレビ朝日系昼ドラ「やすらぎの郷」や同「警視庁捜査一課9係」などのドラマに出演するほか、出演映画「いつまた、君と~何日君再来~」も今月24日に公開されることになっていた。

 同13日発売の「週刊女性」で緊急入院が報じられていた。

 野際さんは立教大学を卒業後、アナウンサーとしてNHKに入局。4年間の勤務後、広告代理店に転職した。1962年にTBS系「女性専科」の司会に抜擢(ばってき)され、TBS系「赤いダイヤ」で女優業にも進出した。

 本格的に女優活動に復帰してからはクールで知的、あるいは悪女役が多かったが、1992年のTBS系ドラマ「ずっとあなたが好きだった」で人気が爆発。佐野史郎演じるマザコン息子・冬彦を溺愛する母親を怪演して脚光を浴びた。







 また「ダブル・キッチン」では山口智子演じる嫁をいびる嫌みなしゅうとめを熱演。以来、出演した「誰にも言えない」「スウィート・ホーム」が高視聴率をたたき出すなど、テレビに引っ張りだこの状態が続いた。

 私生活では、1973年、「キイハンター」で5年間共演した俳優、千葉真一と結婚し、37歳で長女を出産。1994年、58歳のときに「夫婦である感覚が薄くなってしまった」として離婚し、22年間の夫婦生活にピリオドを打った。


野際陽子さんは
大学卒業後、1958年(昭和33年)にNHKにアナウンサーとして入局した。その後紆余曲折を経て女優に転身。


1972年(昭和47年)には共演の千葉真一と婚約、翌年結婚。1975年(昭和50年)に真瀬樹里を出産。38歳11か月での初産は当時の芸能人の高齢出産最高齢記録だったようだ。

しかし、1994年(平成6年)に日本に居たかった野際は、アメリカに拠点を移したかった千葉と離婚

千葉真一さんは野際陽子さんの死去にコメントをしている。

 千葉真一は野際陽子さんの訃報に「3年前に肺がんになったことを聞いて心配していたんです。今はそっとしてあげたい」と声を落としたという。

野際さんが亡くなった13日に、一人娘の真瀬樹里(42)から連絡を受けた時も「(野際さんを)見るまで信じない」と伝えたという。

ずっと思い続けた憧れの人だった。しかし、この日の密葬も「もう別れているので」と参列せず、地方での仕事先でひっそりと悼んだ。

 TBSドラマ「キイハンター」での共演をきっかけに1973年に結婚。一度もケンカしたことはなく、3歳年上の野際さんを、千葉が「やんちゃ坊主を支えてくれる母のような存在だった」とエッセーで明かしたように、自他共に認めるおしどり夫婦だった。

 しかし、94年に離婚。それぞれ仕事が充実し、すれ違いの生活が続いたのが原因だった。言い出したのは野際さんで「友達関係に戻ってみたい」と千葉に伝えた。

 千葉はまさか野際さんが別れることを考えていたとは思いも寄らず、離婚会見では「私が映画バカで夢を追いすぎて家庭を顧みなかった」と言葉を絞り出すのがやっとだった。ただ“友達関係”に戻ることはなく、関係者によると「その後はほとんど会うことはなかった」という。

おそらくだが、野際陽子さんは再婚していないはずなので千葉真一さんの事を悪く思ってないはずだ。そして千葉真一さんもしかり。

なんとも切ない関係である、、と予想。


千葉真一は
日本を代表する映画スターとして海外ではSonny Chiba (サニー ちば)の名で知られている。特技の器械体操や極真カラテ四段・少林寺拳法弐段・乗馬・スキーを活かしたアクロバティックなスタント・擬斗・殺陣に定評があった。

芸人でお笑いタレントの関根勤さんのモノマネレパートリーの一つでもある。




1992年のTBS系ドラマ「ずっとあなたが好きだった」で共演した俳優、佐野史郎(62)は自身の公式サイトで野際陽子さんの死去にコメントしている。「野際さん…ていうか、野際ママ。第二のお母さん。四半世紀前…いや、もうちょっと前にドラマで共演させていただいてから、何本もの思い出いっぱいの作品でご一緒させていただいた。プライベートでも、かつてのドラマの共演者たちとたまには食事した。こないだ会ったばかりな気がするのに」と突然の訃報にショックを隠せなかった。

 同ドラマで野際さんは佐野演じるマザコン息子・冬彦を溺愛する母親を怪演して脚光を浴びた。「インテリジェンスあふれる会話から、下ネタまで、楽しかったなあ。辛いそぶりなんかカケラも見せず…。なんだか実感がない」と現実を受け入れられない様子。「そういや、ドラマの中とはいえ、人生で最後にキスしたのが僕でゴメンなさい。野際陽子さん、本当にありがとうございました。安らかにお眠りください」と冥福を祈った。


実際に野際陽子さんがプライベートでキスしていたかはわからない?が、、間違いなく佐野史郎と野際陽子さんの代表作であり、世間に注目された作品だった。








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野際陽子さん死去、、元夫の千葉真一や共演者の佐野史郎のコメントとは? [芸能人]

幅広い役を演じ、テレビドラマには欠かせない存在として活躍した女優、野際陽子(のぎわ・ようこ)さんが13日午前、肺腺がんのため入院中の病院で死去していたことが15日、分かった。81歳。富山市出身。

 野際さんは2014年にフジテレビ系昼ドラ「花嫁のれん」に出演中、肺がんが発見され、治療したが、翌年に再発して腫瘍の摘出手術を受けた。

 抗がん剤治療で次第に回復。最近は、テレビ朝日系昼ドラ「やすらぎの郷」や同「警視庁捜査一課9係」などのドラマに出演するほか、出演映画「いつまた、君と~何日君再来~」も今月24日に公開されることになっていた。

 同13日発売の「週刊女性」で緊急入院が報じられていた。

 野際さんは立教大学を卒業後、アナウンサーとしてNHKに入局。4年間の勤務後、広告代理店に転職した。1962年にTBS系「女性専科」の司会に抜擢(ばってき)され、TBS系「赤いダイヤ」で女優業にも進出した。

 本格的に女優活動に復帰してからはクールで知的、あるいは悪女役が多かったが、1992年のTBS系ドラマ「ずっとあなたが好きだった」で人気が爆発。佐野史郎演じるマザコン息子・冬彦を溺愛する母親を怪演して脚光を浴びた。







 また「ダブル・キッチン」では山口智子演じる嫁をいびる嫌みなしゅうとめを熱演。以来、出演した「誰にも言えない」「スウィート・ホーム」が高視聴率をたたき出すなど、テレビに引っ張りだこの状態が続いた。

 私生活では、1973年、「キイハンター」で5年間共演した俳優、千葉真一と結婚し、37歳で長女を出産。1994年、58歳のときに「夫婦である感覚が薄くなってしまった」として離婚し、22年間の夫婦生活にピリオドを打った。


野際陽子さんは
大学卒業後、1958年(昭和33年)にNHKにアナウンサーとして入局した。その後紆余曲折を経て女優に転身。


1972年(昭和47年)には共演の千葉真一と婚約、翌年結婚。1975年(昭和50年)に真瀬樹里を出産。38歳11か月での初産は当時の芸能人の高齢出産最高齢記録だったようだ。

しかし、1994年(平成6年)に日本に居たかった野際は、アメリカに拠点を移したかった千葉と離婚

千葉真一さんは野際陽子さんの死去にコメントをしている。

 千葉真一は野際陽子さんの訃報に「3年前に肺がんになったことを聞いて心配していたんです。今はそっとしてあげたい」と声を落としたという。

野際さんが亡くなった13日に、一人娘の真瀬樹里(42)から連絡を受けた時も「(野際さんを)見るまで信じない」と伝えたという。

ずっと思い続けた憧れの人だった。しかし、この日の密葬も「もう別れているので」と参列せず、地方での仕事先でひっそりと悼んだ。

 TBSドラマ「キイハンター」での共演をきっかけに1973年に結婚。一度もケンカしたことはなく、3歳年上の野際さんを、千葉が「やんちゃ坊主を支えてくれる母のような存在だった」とエッセーで明かしたように、自他共に認めるおしどり夫婦だった。

 しかし、94年に離婚。それぞれ仕事が充実し、すれ違いの生活が続いたのが原因だった。言い出したのは野際さんで「友達関係に戻ってみたい」と千葉に伝えた。

 千葉はまさか野際さんが別れることを考えていたとは思いも寄らず、離婚会見では「私が映画バカで夢を追いすぎて家庭を顧みなかった」と言葉を絞り出すのがやっとだった。ただ“友達関係”に戻ることはなく、関係者によると「その後はほとんど会うことはなかった」という。

おそらくだが、野際陽子さんは再婚していないはずなので千葉真一さんの事を悪く思ってないはずだ。そして千葉真一さんもしかり。

なんとも切ない関係である、、と予想。


千葉真一は
日本を代表する映画スターとして海外ではSonny Chiba (サニー ちば)の名で知られている。特技の器械体操や極真カラテ四段・少林寺拳法弐段・乗馬・スキーを活かしたアクロバティックなスタント・擬斗・殺陣に定評があった。

芸人でお笑いタレントの関根勤さんのモノマネレパートリーの一つでもある。




1992年のTBS系ドラマ「ずっとあなたが好きだった」で共演した俳優、佐野史郎(62)は自身の公式サイトで野際陽子さんの死去にコメントしている。「野際さん…ていうか、野際ママ。第二のお母さん。四半世紀前…いや、もうちょっと前にドラマで共演させていただいてから、何本もの思い出いっぱいの作品でご一緒させていただいた。プライベートでも、かつてのドラマの共演者たちとたまには食事した。こないだ会ったばかりな気がするのに」と突然の訃報にショックを隠せなかった。

 同ドラマで野際さんは佐野演じるマザコン息子・冬彦を溺愛する母親を怪演して脚光を浴びた。「インテリジェンスあふれる会話から、下ネタまで、楽しかったなあ。辛いそぶりなんかカケラも見せず…。なんだか実感がない」と現実を受け入れられない様子。「そういや、ドラマの中とはいえ、人生で最後にキスしたのが僕でゴメンなさい。野際陽子さん、本当にありがとうございました。安らかにお眠りください」と冥福を祈った。


実際に野際陽子さんがプライベートでキスしていたかはわからない?が、、間違いなく佐野史郎と野際陽子さんの代表作であり、世間に注目された作品だった。








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